第13話 潜入
教団の玄関に入るとすぐに大量のロッカー達が見えた。どうやらロッカールームと玄関が一緒になっているようだ。ロビーへと向かう一本道を構成するようにロッカーが幾重にも配置され、壁に沿うように靴棚が配置されている。俺たちは靴を脱いで靴棚に入れて、三山がまとめて持っていた教団衣である白いローブを羽織る。更にフードをかぶって顔を隠す。
目指すは2階の第4講義室横にある倉庫だ。時間はまだ余裕がある。それぞれがキチンと教団衣を着れている事を確認し合い、全員がロビーへ続く自動ドアへ向く。
「自分が先頭を行きます。内部映像で信者の振る舞いの予習をしてきましたから」
「頼んだ」
三山が先立って自動ドアをくぐる。くぐった先には教団トップの大きな肖像画が天井から吊り下げられている。坊主頭に厳つい表情をしているおっさんの胸から上を撮したポートレートだ。映像ではぼんやりとしか見えなかった教団トップの導師様とやらの顔を初めて見た。教団のホームページにも顔は載っていなかったから、恐らくこれが初見だ。
映っている姿は裸のようで首から上腕、胸にかけて筋肉が隆起しているのが見て取れる。俺は修行者というよりは格闘家のようだと、どうでもよい感想を持った。三山はそれに対して合掌し頭を下げる。俺たちも真似して次々と合掌し頭を下げる。信心が全く無い形だけの行為。周囲に人がいるようには見えないが、もし誰かがいた時のためには初めから頭を下げるつもりでやっていないとすぐに化けの皮が剥がれてしまう。やるなら徹底してやっておくべきだ。その為にも三山の振る舞いを真似することは俺達にとって大きなアドバンテージになることだろう。
今のところ三山はなりきっているように見える。ローブの上からでもわかるように背筋を伸ばし足音を立てないような、それでいて不自然でない歩き方をしている。ここの教団の信者は背筋を伸ばして姿勢良くしている人間が多いという。ヨガの成果らしいが恐らく三山はそれを元にそうしているのだろう。三山がすぐ後ろにいる俺に少しだけ振り返る。
「階段はこっちで良いんですよね?」
「そうだ。そこを上ってから真っ直ぐ突き当りが目的の倉庫だ」
「了解しました」
三山は粛々と歩を進め階段を目指す。ロビーを少し歩くと事務所か何かのカウンターがあったが、今のところ誰もいない。ホテルにあるような呼び鈴らしきものと何かの書類棚が置いてあるだけだ。さっさと倉庫までここを走り抜けたい衝動を抑え、深呼吸をしながらロビーを歩き去る。その先の広間のような所に出ると目的の階段があった。
四人が階段を上っていき、もうすぐ上りきるというところで突然三山が足を止め、頭を引っ込めるようにしゃがむ。そして今度は三山は階段の下から探るように、階段を上りきった先に伸びている廊下を覗き込んでいる。そして一段降りて俺に耳打ちする。
「講義室の前に人がいます」
まさかの報告に心臓が痛むように高鳴る。
「恐らく受付の人でしょう。このまま講義室を通り過ぎて倉庫に入っていったら明らかに怪しまれます」
俺もそっと階段をあがってゆっくりと廊下に目線の高さ合わせる。俺たちと同じローブを着た信者らしき人が今まさに講習が行われているであろう第4講義室のドアの前で姿勢正しく正座している。プラスチック製のクリップボードを持っているところを見ると出欠確認か何かをする係なのだろう。被ったフードから顔は確認できないが、こちら側を見ているわけではないようだ。
「ヤバいっスね……。どうします?」
桜井が背伸びするように廊下を見ながら言った。俺は頭の中で合宿のスケジュールと使われている部屋について考えを巡らした。第4講義室が埋まっているならば他の講義室は何に使われているのか。恐らくこの教団の修行が各講義室で行われているはずだ。それがヨガなのかマントラを唱えるのか何なのかはわからないが、常に全部使われているわけではないだろう。
当初の計画では講習後に倉庫を出て食堂で、もしくは食堂までの道中で斎藤を捕まえる予定だったが、それも変更が必要なようだ。使われていないであろう講義室、いや、この際4人が隠れられそうな場所ならどこでも良いから、そういった穴ぐらを見つけて当面の間の隠れ場所を見つけないといけない。さて、どうしたものか。考えていると高田が提案してきた。
「確か1階に4ヶ所トイレがありましたよね。それもそこそこの大きさのトイレが。ここは分散してそれぞれがトイレの個室にこもって時間になったら食堂前で落ち合うってのはどうです?」
行程表が正しければ講習終わるまであと20分ある。その間に他の信者と遭遇してバレてしまうかもしれない。上手くやり過ごせればそれにこしたことはないが、衣装を着た時の三山はともかく、俺達では簡単にボロを出して怪しまれて侵入したことがバレてしまうかもしれない。見つかる可能性を下げるためになるべく一緒に行動したかったがそういってもいられない。今は他に妙案も無い。そもそもこうして階段途中で集団で固まっていること自体が非常にリスキーだ。他の信者が通りかかったら一発で何事かと話しかけられてしどろもどろになっているうちにバレて騒ぎに発展しかねない。ここはしょうがない、トイレにこもろう。
「それしかなさそうだな。1階の見取り図は頭の中に入ってるな?各自分散してトイレでウンコ中のフリだ。講習終了と共に階段付近に集まろう。信者が沢山いる中であれば逆に俺たちがバレる可能性は低い。彼らと一緒に食堂へ行くふりをしながら斎藤を探そう」
皆がうなずく。
「了解っス。あとビビりすぎてマジで便意があるんで、本当にウンコしても良いっスよね?」
桜井が恥ずかしそうに言う。
「このバカ。そんなのはお前の好きにしろ。……とにかくバレるなよ」
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