第12話 潜入工作

 自分たちは教団支部前まで自転車で行く事にした。事前に桜井さんが入手したスケジュールに則って昼前近くに着くように調整した。出発する時はドキドキしていた心臓は自転車を漕いでいる間はなりを潜めていたが、教団支部が遠目に見えてからは目的地に近づくに従い心臓の鼓動は強く早くなっていった。


「この辺に停めよう」


 桜井さんが教団施設近くにある公園の駐車場に自転車を停めてそこから徒歩で向かう。皆持ち物は最低限だ。自転車のカゴに教団衣と監視カメラを騙すためのアーム、そしてバイブレーション機能を切ったサイレントモードのスマートフォン。身分証になりそうなものは一切持たず財布も尻ポケットに千円札を突っ込んであるのみだ。

 まぁ、今どき現金を持たなくてもスマートフォンがあれば大抵の買い物の決済が可能だから、千円札は何かの時のための保険とでも言えば良いのか。ただの習慣のようなものだった。


 徒歩で数分歩いて教団施設の外周に着いた。高い柵の向こう側は同じ程度に高い木々に囲まれており、柵の出入口付近だけは植栽が無い。

 桜井さんに促され、吉岡が先導して正面出入口の監視カメラの死角まで近づく。人通りが少ないとは言え、昼前の白昼堂々と施設の柵を登って簡単な工事を行うのだ。迅速かつ正確な動作が必要だ。車の音や自転車の音、周囲の人影などを確認して吉岡に合図を送る。吉岡は黙ってうなずき口にアームを咥えて柵を登ろうとする。

 柵は四角い棒を縦に並べたような構造をしており、吉岡はそのうちの一本を握り少し体重を掛けて強度を確認した。その後はいとも簡単にひょいひょいと登っていく。吉岡は体操を子どもの頃から大学生となった今まで続けていると、以前雑談の時に言っていた。身軽さと筋肉を兼ね備えた身体が吉岡を柵の真上まで数秒で持ち上げていった。皆が見守るなか、そのまま柵を跨いだ状態で監視カメラに近づき口からアームを外し、監視カメラの付近に取り付けにかかる。

 その時であった。唾液で濡れて滑ったのか、緊張からの震えで上手く手で掴めなかったのか、はたまた単なる作業性の悪さからか、吉岡はアームを手から滑らせて落としてしまった。アームは柵の外側に小さな風切り音を上げて落下し、自分たちの見ている前で固いアスファルトの道路に衝突した。がちゃんという音と供にアームの保持器具はぐにゃりと曲がり、欺瞞用の高画質プリントした低反射素材の紙はぐしゃりと折り曲がった。自分たちはそれをただ眺めるしか無かった。そこにいた誰もが落ちてくるアームをキャッチしようと動く事すら出来なかった。誰かが息を素早く吸う音が聞こえる。誰も何も言うことが出来ず、焦りと動揺からくる緊張が沈黙を作る。壊れたアームと自分たちが作る影が妙にはっきりと目に映る。

 ……動揺していてはダメだ。策を考えなくてはならない。自分は周りの人たちよりも少し早く立ち直ったようだ。他の人間は黙って壊れたアームを見ている。


「焦らず行動しましょう。余裕があるとは言え時間は常に迫っています」


「そうだな、そうしよう」


 桜井さんがすかさず返答したものの、目には動揺が見て取れる。自分は目を少しの間瞑って考える。


「吉岡、教団側にバレたと思うか?自分たちの存在は監視カメラに映っていると思うか?」


「い、いえ、映ってないと思うッス……。あ、あ、あの、すみません、オレ」


「謝罪は後で聞くよ。まだ大丈夫なんだな」


 自分は周囲を見渡して恐らく教団施設からこちら側が見えていない事を確認した。


「……よしわかった。吉岡、お前はカメラの死角にいられる場所で柵を乗り越えるんだ。そうしたら教団衣を渡す。その後は教団衣を着て少し待て。自分たちが柵の出入口から正面切って向かうから自然な態度で内側から鍵を開けて迎え入れてくれ」


「なるほど。訪問者を教団の誰かが迎え入れたように見せかけるんですね。それなら上手く行くかもしれません。……と言うか、この状況下ではそれしかなさそうですね」


「高田。それでいこう」


「オッス、やってみます!」


 三山が補足的に肯定し、桜井さんがGOを出した。

 吉岡は跨いでいた柵を越えて柵内部の木々の間に降り立つ。三山が吉岡の分の教団衣を柵の間から手渡す。木々の間でささっと教団衣の白いローブを羽織り、フードをかぶる。それを確認した後、桜井さんを先頭に柵の出入口へ向かう。

 上手く行くだろうか。監視カメラの存在に気が付かない風を装い一列に歩き、出入口前で止まる。ゆっくりとした足取りで吉岡が近づいてくる。自分は吉岡の背後の教団施設の窓ガラスから誰かがこちらを見ている人間がいなかどうか気になって仕方がない。ここから見える窓は全てレースカーテンかブラインドが引いてあって外からは人影が確認できない。入るなら今のうちだ。


「待たせましたね」


 吉岡が内部から鍵を開ける。柵がキィと金属を引きずるような音を立てて開く。慌てず普通を装いながら入り、最後尾の三山が鍵を閉めて正面玄関へと進む。

 玄関までの道自体は背の低い植え込みで挟まれアスファルトで舗装されていた。もう後戻りは出来ない。もうやるしか無いんだ。という思いを胸に歩いていくと「アムリタ教団第2アシュラム」と縦書きされた木の板が自動ドアの隣に掛けてあるのが見えた。

 本当に来てしまった。あとはもうやるだけだ。大丈夫。内部映像からある程度の信者の振る舞い方は理解している。内部に入ってから倉庫まで辿り着ければ半分は勝ったようなものだ。教団衣も玄関内にあるロッカーで着れば良い事も事前情報から得ている。

 ああ、飴の一つでも持ってくれば良かった。口の中がカピカピになるほど渇いている。飲み込むツバすら出てこない。


「時間はまだある。落ち着いていこう」


 桜井さんが小声で言う。ポケットから出したスマートフォンで時間を見ると行動を起こすまでまだあと30分程度時間がある。これから斎藤さんを救い出すんだ!弱気になっている自分を鼓舞し続けた。

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