第10話 仲間集め2

「薫ー!いるかー?おーい!」


 吉岡が三山の部屋のドアを叩く。何度も叩きながら声をかけているうちに内側から鍵が外れ、小柄で中性的な顔立ちの三山が現れる。

 自分は三山と喋った事は無い。挨拶をした程度だ。恐らく桜井さんもそうだろう。自分は一番後ろにいる。自分は吉岡と桜井さんの後ろ姿と、吉岡に呼ばれて明らかに迷惑そうな顔をした三山を同時に視界におさめている。奇妙な取り合わせがおかしさを誘う。

 吉岡と三山は自分と桜井さんからすると、互いに一緒にいるのを選ぶタイプの人間ではない様に思う。一緒にいて心地よいと思うよりかは、遠くから見ていればそれで十分という感じだ。普段だったら絶対に一緒に行動していたいとは思わないだろう。だが、斎藤さんを救出するために団結して教団施設へと向かおうとしている。いや、三山はまだ仲間ではないが。


「何か御用ですか……?」


 三山は吉岡以外の自分たち2人を見て迷惑そうな顔を改め、何事かと目を丸くしている。先輩である事は辛うじてわかるが、名前すら覚えていていないであろう2人が吉岡の後ろにいる事に少し動揺しているように見える。吉岡は声をひそませるような話し方で三山に詰め寄る。


「お前、今暇か?時間取れるか?」


「まぁ、大丈夫だけど……。あの……お二人は?」


 三山は吉岡と桜井さんと自分の誰を見れば良いのかわからないようで、自分たち3人を交互に見ている。桜井さんが吉岡を少しどかすように前に出て三山に話し掛ける。


「三山、俺は4年の桜井だ。こっちは2年の高田だ。いきなり悪いな。頼みがあって君に会いに来た。俺たちにとってはとても重要な話で、急を要する。悪いが中に入っても大丈夫か?」


「大丈夫ですが……散らかってまして。部屋に4人入れるかどうか……」


「立ち話でも良い。とにかく内密に君と話がしたい」


 戸惑う三山を押し切るように半ば強引に三山の部屋に入る。ドアの隙間から見えていたが、三山の部屋は様々な恐らくコスプレに使っているであろう衣装が壁中に掛かっている。

 部屋の半分が衣装ケースで占められており、残りの半分が手前から布団と机とミシンが乗った作業台の順番で占められている。三山は追い詰められるように作業台の方に行き、自分たちは畳んである布団を端に追いやってそこに座るスペースを確保した。自然と1対3の相対する形になる。


「このローブを見て欲しい」


 桜井さんは教団衣とされている白いフード付きマントの様な物を三山に渡した。三山はこわごわと受け取りローブを簡単に調べる。


「これが……何か?」


「同じものを3着作るのに何日掛かる?あといくらで出来上がる?」


 三山はそう尋ねられて慎重にローブを改める。首周りの絞り込みやフードの構造、裾の始末などを詳しく見る。三山は軽く目をつぶって何かを考える。目を開けて答える。


「この程度なら最初の1着目は2時間くらいでしょうか。最初のが出来てしまえば要領は掴めます。なので3着作るのにおよそ4時間程度だと思いますよ」


「材料はどうだ。似た材料の在庫はあるか?」


 桜井さんは慎重に聞き出す。決して追い詰めるようにではなく、「お前の力を頼りにしている」というような口調で矢継ぎ早に質問をしていく。


「これはただの厚手の綿ですから調達は容易です。というか、この間たまたま知り合いのお店の主人が在庫を安く譲ってくれたので、この生地と似た生地なら今沢山あります」


「マジかよ!つまり今すぐにでも着手出来るってワケか?」


 吉岡が興奮気味に反応する。三上はそれを見て嫌そうに顔をしかめる。


「これ、なんなんですか?どうしてそんなに急ぎなんですか?」


「実はな、これ、アムリタ教団っていう宗教団体の制服らしいんだ。この寮に4年生の斎藤さんって人がいるんだが、その人がその教団に入った。自分と桜井さんは斎藤さんと仲の良い関係なんだ。あと吉岡も斎藤さんに恩があるらしい。自分たちはこの教団衣を着て教団施設に侵入して斎藤さんを連れ戻すつもりだ。こうしている間も斎藤は洗脳されている。事は一刻を争う。どうか今すぐにでも教団衣の複製を作って欲しい」


 自分は頭を下げる。桜井さんも頭を下げる。吉岡は軽く頭を下げる。三山がどんな顔をしているのか分からないが、恐らくたじろいでいるだろう。いきなりよく知らない先輩達に押し掛けて来られて、奇妙な服のコピーを作って欲しいと懇願されている。

 長い沈黙があった。三山が大きなため息をつく。


「わかりました。取り掛かります。でも手伝いが必要です。少なくとも2人お願いします」


「よーし!そうこなくっちゃな!さすがは薫だよなー!何でも言ってくれよ!な!」


 吉岡が叫ぶように喜びの声を上げる。とてもうるさい。桜井さんが吉岡の方を向く。


「吉岡、お前には別の事を頼みたい。俺と高田でここは手伝う。お前にはもっと刺激的な役目をお願いしたい」


「え!なんスか。……ヤバめの任務スか?」


「いや、これから教団施設まで行って監視カメラの機種を確認してきて欲しい。機種からレンズの画角を調べれば恐らくどの範囲が見えているのかわかるはずだ。そうすれば監視カメラが撮っている範囲と同じ風景の写真を撮って監視カメラの前に設置できる。俺たちが門から侵入する際にバレずに済む。あと、吉岡、お前が一番最初に柵を登って中に入って中から鍵を解錠するんだ。体操部で身軽なお前にしか出来ない役目だ。引き受けてくれるか。」


 吉岡はバッと立ち上がると大きく胸を叩いた。太い前腕と大胸筋が鈍い音を響かせる。


「やりましょう。燃えますね!……あと、写真についてですが、これでも工学部機械科。一端の理系ですから。画角からの計算と写真固定用のアームの製作は何とかこっちでやってみますよ。じゃ!俺、任務があるんで!失礼します!」


 一礼してから、勢いよく部屋を出る吉岡。ドアがバタンとしまってからも吉岡の走り去る音が聞こえてくる。廊下をスリッパで踏みしめて外へ向かっているようだ。嵐が去って少しの間があってから自分は三上の方に向き直る。


「すまないな、三山。そこまで仲が良いわけでもないのに巻き込んでしまって。あと、手伝いしながらこのDVDを見たいんだが、良いか?」


「構いませんが……なんでしょうか、そのDVDは」


「あ、それ持ってきてたのか。俺すっかり忘れてたな……」


「これは、被害者の会の人が撮った教団の内部映像がおさめられているらしい。潜入するには少しはそれっぽくしないといけないからな」


 三山の顔が強張る。そりゃあ自分の部屋で宗教団体の内部映像を流されるのはイヤだろう。三山を巻き込むのは必然だったが、今更ながら三山が可哀想になってきた。


「……それって、つまりコスプレって事ですか?」


 恐らく自分と桜井さんはほぼ同時にピーンと来た。三山はこの事に興味を持ち始めている。桜井さんがすかさず話し出す。


「そうだ。そうなるな。そう呼べなくもない。出来れば自然な演技が出来るような人間がいるとこちらとしてもありがたいんだが……」


「そうですよね。自分らだけだとどうしても付け焼刃的な振る舞いになってしまいますし。それに自然な振る舞いが出来る人間がいるとこちらとしても作戦がスムーズにいきやすいですよね」


「全くもってそうだ。でも中々危ない橋を渡る事になるし適材と呼べるような人材も知らないからなぁ……」


 自分たちは本当に困ったような声で話す。それを見ていた三山は恥ずかしそうに切り出す。


「あの!関係あるかどうか微妙なんですが……実は自分コスプレしたりするのが趣味で……今まで色んなイベント出てたんです。自分は恥ずかしがり屋ですけど、衣装さえあれば結構イケイケになれて……。それで、もしこれが人助けになるのであれば、それも寮生の救出なんて事にお手伝い出来るのであれば、この唯一の特技が活かせる気がして……。足手まといかも知れないですけど自分も救出作戦に加わりたいんですが……」


 桜井さんと自分は顔を見合わせる。恐らく自分と同じ表情をしていただろう。つまり内心ガッツポーズをしているのを隠す時特有の崩れそうな真顔だ。自分たち2人は三山に詰め寄ってそれぞれ両肩を掴む。ビクッとする三山。


「ありがとう!本当に助かるよ!」


「君がいれば安心だ。ありがとう」


 自分と桜井さんは内心ほくそ笑みながら三山を讃えた。三山の方からこちらに入ってくれた。作戦開始までのお膳立てはほぼ済んだのだ。三山は恥ずかしそうに視線を下に向けてフニャフニャと口元を動かしていたが我に返って両肩から自分たちの手を外す。


「では先輩方、さっそく作業に移りましょう。時間が惜しいんですよね」


「なんでも言ってくれ。自分らはなんでも手伝う」


「ああ、買い出しでも作業の手伝いでも何でもやる。俺は飯だって作るぞ!」


 これから教団衣の複製作業が始まる。

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