第9話 仲間集め1
教団への潜入を俺はやるべきだろうか。情報欲しさに引き受ける形にはなったもの、これは犯罪ではないか。
このまま長期戦になるとしても正攻法で真摯に教団や斎藤へ説得を続けるべきなのではないだろうか。しかし教団内部にいる斎藤へどうやって説得する。どうやってその渡りをつける。直接会えないのであれば手紙を出す手もあるが、教団側で握りつぶされる可能性が高い。もしくは検閲され、大幅に改変された内容を手紙として渡される可能性もある。
では、このまま斎藤とは縁を切ってヤツの事を忘れてはどうだろうか。……正直言ってもしこれをやった場合、俺の未来がどうなるかハッキリ見える。何をするにも斎藤の事を思い出し、若さに任せて行うべきだったと中年、老年になっても後悔し続ける事になるだろう。
そうなるともう潜入するしかないのでは無いだろうか。ならば計画を練らねばならない。人数を集めなければならない。高田の所に行こう。とりあえず俺の中の仲間候補の筆頭だ。
高田の部屋に向かう。会長宅から帰ってきて今昼過ぎだ。飯も食い終わっただろう。高田は暇な時は共同部屋でゲームしてるか麻雀を打っているかのどちらかだ。そうあたりをつけて本部棟へ向かう。一般宅にしか見えない本部棟の玄関を開けると高田のスリッパを発見した。やはり高田は2階の共同部屋にいる。
スリッパを玄関で脱いで階段を登っている途中で高田の声が麻雀部屋から聞こえてきた。どうやら麻雀を誰かと打っているらしい。始まったばかりだと終わるまで少しかかる。途中抜けは他の面子にも配慮しなければならないのが麻雀の面倒なところだ。
「高田、いるか?」
「いますよー」
麻雀部屋の引き戸を開けながら入る。高田は2台ある内の出入口側にある雀卓に座っていた。こちらを見ずに返事をして目の前の麻雀に集中している。卓上を見て進行具合を見る。すでに南入しているようだ。他の面子も目の前の牌を睨みつけていてこちらに気を配る余裕は無いようだ。
その中で面子の一人である吉岡だけが別だった。
「アレ?桜井さんじゃないスか。次打ちます?オレ抜けますけど」
快活でスポーティな印象を周囲に与える後輩キャラ、といった外見の吉岡が話し掛けてくる。確か工学部で体操部に入っていたと思う。筋肉の発達が半袖のTシャツの上からはっきりとわかる。
「いや、俺は今回はいいよ。それより高田、ちょっと話があるんだが、一段落ついたら部屋に来てくれるか」
「……わかりました。この半荘が終わったら抜けます」
俺は麻雀部屋を後にして自室に戻った。
しばらくするとノック音が部屋に響き渡る。鉄製のドアのせいでノック音は割と大きな音がする。
「高田です」
「今開ける」
俺はドアの施錠を開けるべく立ち上がる。鍵を開けてドアノブをひねって押し込むと高田の顔が見えた。そして後ろに何故か吉岡がいる。ドアの隙間から俺の部屋を興味津々で覗いてくる。部屋の内部はともかく、興味本位で聞かれたくない話をこれからするつもりだ。吉岡は口が固そうには見えない。どちらかというとヘラヘラして何でも喋ってしまいそうなタイプに見える。
「なんで吉岡がいるんだ?」
「桜井さんに話があるみたいです」
「そうか。じゃあ手短に頼む。俺は高田と話がしたいんだ」
俺はドアを全開にして少し前進する。高田が身を引き吉岡が前に出てくる。吉岡は俺の部屋を見るのをやめてこちらを見る。
「桜井さん、高田さんと話す事って多分ですけど、斎藤さんについてですよね?オレもその話に混ぜてもらいたいんスけど」
「……どうして斎藤についての話だと思うんだ」
「どうしてって……共同部屋のゲーム部屋の方でちょっと前にやりあってたじゃないですか。気付いてなかったかもしれないスけど、オレもそん時いたんスよ。実はオレ、斎藤さんにはかなり恩義があって。斎藤さんが妙な事に巻き込まれてるなら力になりたいんですよね」
意外だ。斎藤と吉岡に強い繋がりがあるとは思わなかった。しかし恩義とはなんだろうか。聞いてみる。
「恩義?斎藤とお前の間に何があったんだ?」
「それはちょっと……。斎藤さんが喋って良いって言ったら言いますよ」
思ったよりも口が固い。それかそもそもそんな物が初めから存在して無くて、興味を引かれたから夏休み中の暇つぶしに首を突っ込みに来ただけかも知れない。少し考える。
「……良いだろう。入ってくれ。高田も入ってくれよ」
「わかりました、お邪魔します」
「おじゃましまーす」
吉岡に部屋に入られるのが何となく嫌だ。本棚には片付いたエロ関連の雑誌やDVDがあるしそれを突っ込まれるのもシャクだ。
「桜井さんめっちゃエロいじゃないスか。なんすかこの棚。ちょっとしたTSUTAYAっスよ」
「この棚の事を今後喋ったら殴り飛ばした上でこの部屋から蹴り出すぞ」
「おおコワ」
「高田、吉岡、これから話す事はマジのマジで他言無用だ。絶対に人に話すな。協力するしないに関わらず絶対にだ」
なるべく神妙な顔つきで2人を見つめる。高田も吉岡も真面目な表情で俺の顔を見返している。
「もちろんです」
「わかりましたよ」
俺は予備知識が無い吉岡の為と高田の復習もかねて2人に最初から話した。そして被害者の会の会長と数時間前に話をして、そのなかで教団内部へ潜入する事を形の上では承諾した事を伝えた。
貰った書類のコピー、標準的に使われているらしい経典、教団信者が教団内部で身につけている白い教団衣を見せた。
「一応会長には潜入すると言った。……言ったが、かなり迷っている。私有地に勝手に入り込んで内部の人間を連れ帰るなんて事、現実的に可能だと思うか?あとこれ法に触れるよな。会長はバレなきゃ良いなんて言っていたが……。だが、短期解決で今すぐ行動を起こさない限り斎藤の洗脳はどんどん進み、ヤツを取り戻せる可能性はグンと低くなる。それに内部資料と変わらない講習を受けているであろう今しかチャンスがない。どうするべきだと思う」
吉岡が自信満々で答える。
「俺はやりますよ。指示下さい。命令下さい。斎藤さん取り返しましょうよ」
吉岡に気圧され気味の高田も自信なさげに答える。
「自分もやってみる価値はあると思います。……吉岡ほど乗り気では無いですが。でもやらないと斎藤さんずっと変な教団に捕まって一生を棒に振りかねないですよ」
「そうっスよ。斎藤さんは今は幸せかもしれないですけど、長期的に見たら絶対不幸になりますよ。その教団は急成長してるとはいえ、ずっと続くわけじゃないと思いますよ。そうしたら斎藤さん社会復帰めっちゃ難しくなると思いますよ。外の世界で生きてないんだから」
宗教団体の寿命がどれくらいか想像した事は無かった。今は急成長していたとしてもいつかは無くなるだろう。それが5年先か10年先か100年先かわからないが、落ち目になって解散寸前の中の信者は一体どの様な気持ちで信心を持ち続けるのだろう。
恐らく茨の道だ。それも精神的依存先の存亡の危機を常に感じながら生きていく事のつらさは一体どんなものだろうか。
信者が見切りをつけて教団から逃げ出したところで一般社会がその脱走者を受け入れてくれるとは限らない。ヤバイやつとして腫れ物のように扱われ、職務経歴の空白期間を説明する事も出来ず、正社員雇用もされず、そこからは金銭的にも精神的にも厳しい生活を強いられるに違いない。吉岡はもしかするとそこまで見通しているのかも知れない。
「じゃあ……やろう」
「よし!そうこなくっちゃ!やりましょう!」
「やりましょう!」
「作戦を考えよう。……というか、実を言うと大体考えてある。スケジュールを見てくれ。明後日の欄だ。昼12時半から食事と書いてある。その直前の講習が第4講義室で行われる。それでこっちの見取り図だが、第4講義室は2階にあって、食堂は1階とある。第4講義室の隣には小さな倉庫があるだろう。多分備品なんかが置いてあるんだと思う。わざわざ備品置き場に鍵は掛かけないだろう。そこに隠れて講習が終わった後に倉庫から出て斎藤を探す。講義室から食堂への移動の間、もしくは食事中でもいいから斎藤を見つけたらどこかの使われてい無さそうな部屋に連れて行って説得して帰る。大まかにはこんな感じだが、どうだろうか」
「良いんじゃないですか、それで。でも潜入するには偽装の為にも教団衣ってのが必要ですよね。一着しか無いですけど……どうするんです?自分、縫い物とかかなり苦手ですよ」
そうなのだ。そこが一番の問題なのだ。だから上手い物が出来るまで粘るか、一人で行って連れて帰るかだ。これから2人にはその知恵も貸してもらうつもりだ。
そして誰が実際に潜入するのかも。自分が行っても良いが、そもそも教団施設をぐるりと囲むあの柵を飛び越えるのがかなり大変そうだし、その間に見つかったりしたらもう何もかもがアウトだ。そのあたりも相談したい。
考える事が山程あると思っていると、今まで黙って聞いていた吉岡が声を上げる。
「あ!一人心当たりがありますよ。コスプレ趣味のやつ。薫が確かコスプレ衣装とか全部自作してるって言ってたんで、多分生地とかもあるんじゃないですかね」
「薫?薫って自分は知らないな。誰だ?」
「あー、薫は下の名前です。名字は三山です。ほら、あのー、ちっちゃくて細くて顔が女みたいなやついるでしょう。知りません?」
俺は心当たりがある。風呂場で何回か会った事がある。最初更衣室で見た時は本当に女性かと思って少しビビってしまった記憶がある。
「なら三山に頼もう。こちらの事情は話さずに衣装の複製だけ頼めば良い」
被害者の会会長からはこれらの物品以外にも過去に隠し撮りした内部映像の一部をDVDに焼き増ししてもらっていた。これを見て内部での立ち振舞を勉強して潜入時に不自然にならないように練習しなければならない。仲間に引き込むための時間がもったいない。
「あー、いや、多分仲間にした方が施設内部に入った時に心強いかも知れないっスよ。そのDVDには内部映像もあるんでしょう?薫は普段はおどおどして頼りなさそうですけど、衣装を着るともうアレですから。本物になりきっちゃいますから。ヤバいっスよ。数年前から信者やってますが、なにか?みたいな自然さ出せますよ薫なら」
「わかった。性格がおどおどしてるって言ってたな。こういう時は詰めかけてまず衣装の複製を頼んでやらせてみるのが一番だ。それからネタバラシをして仲間に引き込もう」
吉岡が笑う。高田はそれは悪いような気がすると言った表情をしていたが、手段を選んでいられないと言った。これから三山の部屋に向う。
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