第5話 外面的探り

 斎藤が入信しているであろう「アムリタ教団」とはなんだろうか。

 斎藤を尾行してグチャグチャになった頭を整理しながら自転車を漕いでいたら、俺はいつの間にか寮に帰ってきていた。

 自室に入るためにいつものようにドアの鍵を鍵穴に差し込む。それが流れるように出来た。ただそれだけの事だったが、自分がある程度の落ち着きを取り戻していると確認することが出来た。思考の混乱や精神の不安定さは指先の動作に出る。それが無かったのだ。


 俺の部屋は寮生の中ではかなり片付いている方だ。エロ関連の書籍やDVDなどが入った棚はジャンル別に整理され、書籍等の題名から辞書的な配列で並べられている。もちろん教科書や参考書や数点の小説・漫画類もきちんと並べてある。


 そもそも非常に狭い寮の部屋をめちゃくちゃに散らかす方が難しいと思う。乱雑さにはある程度の広さが必要だ。宇宙がエントロピーに支配されており、いつしか熱力学的死を迎えるのも宇宙がとんでもなくデカいからだ。


 俺は思う。斎藤は何を思って突然サークル、いや、教団に入信したのか。

 最初はサークル活動という形で入部したはずだ。それは本人が言っていた。俺らがエロ話をしなくなった少し前辺りに、そのサークルに入部したのだろうと思う。エロい話はOKだ!と言っているような宗教系サークルはあまり無いだろう。

 セックス教団というのもあるそうだが、恐らく斎藤が入った教団は違うように思う。あのサークルに入部後どんどんハマっていって、サークルの上部組織である教団に入信するようになったのでは無いだろうか。


 部屋の隅にあるデスクの上にあるパソコンの電源をつける。少し古いパソコンで立ち上がるのに時間がかかる。しばらく経ってからパソコンにログインして「アムリタ教団」と検索をかけてみる。

 検索トップに教団のホームページが表示されており、俺は迷わずクリックした。ページが遷移してから少しして、ページ背景からゆっくりと「ようこそ、アムリタ教団へ」と表示される。それが済むとスクロールによってコンテンツが表示されるようになった。最近こういうスタイルのエロゲ作品紹介ページが増えたな、と思いながら教団の概要が書かれた部分を探す。


「我々アムリタ教団はヨガやヴェーダを中心に組み上げた教義により、現代社会を生きる悩める人々へ救済をもたらすべく発足しました。国内に2つの拠点を持ち、そこでは毎日熱心な修行者達による崇高な修行が行われています」

「我々は共同生活を通して導師の下で結束し、魂の救済と思想の洗練に努めています。導師はインドにて長い修行の経て帰国し、このアムリタ教団の前身となる団体を立ち上げました。その後、宗教法人として現在のアムリタ教団を発足。導師による尊い修行の拠点となっております。」


 スクロールする度に浮かび上がるように文字が表示される。見る人間の事を全く考えていない見づらいホームページのお手本の様なサイトだ。その上コンテンツが少ない割に妙に重く、ページを表示するのにいちいち時間が掛かる。

 イライラしながら読んでいるとその修行の拠点とやらの住所が書いてある一文を見つけた。一つは東京。そしてもう一つは我が県だ。住所を検索するとまさにあの「アムリタ教団第2アシュラム」の場所がヒットする。やはりあの場所は表札の通りの場所だったようだ。


 教団ホームページに「共同生活を通して」の一文があるのが非常に気がかりだ。つまり斎藤はこの寮を出てあの場所で暮らすのだろうか。日中バイトをして夕方前から修行しているのではいつ大学に行くのだろうか。……いや、大学に行くことは出来ないだろうなと思う。

 寮を出ていくどころか自主退学の上で入信するつもりなのだろう。多少なりともマトモな団体ならば学業の妨げにならないように配慮してくれるはずだ。学校生活の後で修行なりなんなにさせるのでは無いだろうか。今日尾行した感じだと実際はそうではないのではないか。


 斎藤は今期大学に行っていない。これは正直言って間違いない。それもこんなヤバめの宗教団体に入信したせいでだ。これは俺一人で抱えて解決できるような話ではない。

 警察か。警察に言って話してみようか。いや駄目だ。斎藤が拉致されて教団に監禁されているなら別だが、ヤツは自ら求めて教団の中にいる。これでは俺がしようとしている事は信教の自由の侵害だ。警察は動かないだろう。

 もしくは暴行されたり何かを強要されたりしているのであれば……。いや、それも無さそうだ。俺たち寮生は互いの股間のサイズと形まで知っているほど、お互いの裸を大浴場で見ている。この寮で股間をタオルで隠して入浴する人間はほとんどいない。過去4年間もそうだが、直近半年の間で一緒になった時に斎藤が青アザや切り傷などを身体のどこかにつけていた記憶はない。指に絆創膏を巻いている事はあったが、それは日常生活での怪我の範疇だろう。


 ……仲間が必要だ。それも斎藤の為に必死で働いてくれるような仲間が。

 とりあえず一人はアイツだ。高田聡太。2歳年下だが口の減らない不真面目なガキだが、斎藤がこういう事になっていると聞けば多分力になってくれるハズだ。

 ビビってケツを捲くるような事は多分無いだろうが、ショックで一時的に気落ちするくらいの事はあるかも知れない。

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