第4話 桜井の行動

 ここ半期の間、斎藤の姿を今期大学構内で見た覚えが殆ど無い。そのことを斎藤に話しても「いやいやちゃんと大学には行ってるよ」としか答えなかった。しかしヤツと学部が違って講義棟も違うとはいえ、この4年間、1週間に一度も学内で会わないなんて事は一度もなかったはずだ。本当は大学に行ってないのでは無いか、と思いながらも疑問を問い詰めることは憚られた。もし事実だったらどうしよう、という思いがそれ以上踏み込ませる事を躊躇させた。


 この4年間、ヤツとは隠し事などほとんどせずに接してきた。それこそ所持しているAVやエロ漫画などの性癖すら互いに知っている。ちなみにアイツはとにかく巨乳が好きだ。天然ものであれ改造ものであれ、とにかく巨乳が好きだ。俺はそうでもないが。

 だが最近はそういった事すらあまり話さなくなってきた。エロ方面の話題になるとそれとなく話題をそらされてしまう。俺にとってはディープなエロ話についてこれる数少ない人間だったのに。

 人は変わっていく部分はあるが、こういった下世話な話は男子学生にとっては楽しい話題の一つだ。大体誰とでもワイワイと楽しく話せる。かつてはむしろ率先してヤツの方からそういう話題を出していたのに。それがどうしてこうもエロを避けるようになったのか分からない。


 俺が斎藤に何かして、俺が嫌われたせいで俺と話したくないのであれば理解は出来る。だがそうではなさそうだ。それ以外の話題には普通に楽しく話すし、俺がほぼ毎日いる共同部屋のゲーム部屋にほぼ毎日来る。

 後輩の高田から冷やかされながらもマリオカートの歴代記録を塗り替えるべく練習していたりもする。ヤツはエロが今は禁止ワードになっているのだろうか。でも聞くのを遠慮して何となくそのままにしている。


 そういえば、昼間は隣町のガソリンスタンドでバイトをしているという話を誰かから聞いた事がある。いくら木星寮の連中が不真面目なやつらが多いとは言え、大学そのものに行かずに外をブラブラしているやつはほとんどいない。

 大学に行かずに自室か寮内をブラブラしているやつらはいるが、そいつらは寮内引きこもりとでも言うべき特殊例だ。今は引き合いにだすべきじゃない。


 もし昼間にバイトをやっているとしたら何故大学に行かずにそんな事をしているのか。昼間バイトしないといけないほどお金に困っているのか。そうだとしても授業料がもったいないようにも思うが。

 自分は今までこの噂をあまり真に受けなかった。なんだかんだで大学には行っているだろうと思っていたし、こちらもゼミ等で講義棟内の移動が少なくなって来ているのだからすれ違ったり遠くから姿を見たりする機会は間違いなく減っているはずだ。


「ああー……」


 考えていても埒が開かない。斎藤に直接聞こうにもあの調子じゃまともな答えなど出て来ない。わけのわからない表情でわけのわからない勧誘をしようとしてくるだけだろう。あと斎藤のあんな姿を見ていたくない。

 ……よーし、実行あるべしだ。8月初旬でもう前期日程の試験は全て終わって、俺は今日から夏休みに突入している。俺は今日一日斎藤をストーキングすることにした。


 だがその前に斎藤が寮内にいるかどうかを確かめに玄関に向かう。俺と斎藤は同じベータ棟の違う階に住んでいるから確認は楽だ。俺は1階に住んでいるので自室の扉を開けて徒歩数秒で玄関までたどり着く。靴は無い。スリッパだけがある。と言うことは外出中だ。ヤツはどこかに行っている。自分は一旦部屋に戻って考える。


 さて、どうやって尾行しよう。尾行なんてしたことは人生で一度も無い。そういえばこの前テレビで探偵をしている人が「中身の入ったビニール袋を提げているとどこにいても怪しまれない」と言っていた。こうすることで自分を見かけた周囲の人たちは「ああ、これから家に帰るんだな」と思って不自然に思わなくなるそうだ。これは使えそうだ。

 あとは下手に帽子をしない方が良いとも言っていた。顔が見えないとやはり怪しさが上がるらしい。

 マスクの方が良いらしいが、今はマスクをする季節じゃない。だから部屋の隅からホコリを被っているヘアワックスを取り出して普段絶対にしない髪型にしてシルエットを隠す作戦で行く。あとはとにかくヤツの前に出ない事だ。それが一番重要だ。服も上着を着ていこう。脱いだり着たりすれば簡易的な服装のカモフラージュになるはずだ。


 スマホを取り出して検索する。ネットで調べると隣町にはガソリンスタンドが4件あるらしい。今日は平日だ。昼間働いているのが確かならば今日もいるだろう。あとはどこのガソリンスタンドにいるかだ。よーし、さっさと準備して出るぞ。チャリで。

 

 ママチャリでまず一軒目のスタンドに向かう。ここから一番近いところだし、一番確率が高いだろう。初夏の午前中はそこまで暑くもなく風が気持ちが良い。20分ほどでガソリンスタンドに着く。

 ガソリンスタンドの裏手に自転車を停めて、徒歩で大回りにガソリンスタンドの表に回る。建物と電柱の間に陣取り、スマホを片手に何かを調べているフリをしながら様子を窺う。

 外に2人。中に3人。皆帽子を被っていて顔が見えにくいがどいつも体格が違いすぎる。

 斎藤は長身だ。190cm近くある。それに斎藤は長身に似合わずヒョロい。制服の半袖から見える腕がどいつも太すぎる。多分これはハズレだろう。俺はこのガソリンスタンドを後にした。


 次に向かう場所はさっきのガソリンスタンドよりも街の方にある店舗だ。そう遠くない。5分以内に着いた。少し離れた建物の路地に自転車を置いて、また遠回りにガソリンスタンドに近づく。

 建物の影から出ないように、スマホをいじながら様子を見るんだと心の中で復習する。店舗内の給油所が見えてくる……いた。すぐ見つけた。なんてわかりやすいヤツだ。長身なせいで目立つしヒョロいのにLサイズのTシャツを着させられているせいで上腕の部分がペラペラしている。

 頑張って声を張って接客している姿が何故か滑稽でフッと笑ってしまった。勤労者に対して不遜な態度だと思うが、もう少しまともな服を用意してもらった方が良さそうだ。

 ……さて、本当にバイトしていることはわかった。だが俺は今日一日ストーキングすると決めた。なのでバイトが終わるのを待つ。


 斎藤は俺が到着してから大体1時間程度でバイトから上がった。寮に帰るのかと思って後をつける。

 斎藤もママチャリだ。かなり距離をとって追いかける。斎藤はどんどん街の方へ向かって自転車を漕いでいく。どこへ行くのだろう。しばらく追いかける。するとコンビニで止まった。俺もコンビニの端の方に自転車を停めてレジ側の窓ガラスから何となく横目で見る。


 斎藤はレジの人たちに挨拶をしてバックヤードに消えていった。数分してコンビニの制服に着替えて店内に現れた。どうやらここでもバイトをしているらしい。バイトを掛け持っているのか。そんなに稼いでどうするつもりだヤツは。

 コンビニバイトなら俺もしたことがある。大体終わるのはキリがよい時間だ。何時ピッタリに終わるはず。それまではここに付きっきりじゃなくても良いだろう。俺は一時間ごとに確認する為に街の中にある本屋や喫茶店でヒマを潰すことにした。

 コンビニに様子を見に行く度にヤツの自転車が駐車場にあれば、斎藤がまだ中にいるはずだから確認は容易だ。


 4回目の確認、つまりあれから4時間経ったわけだが、斎藤は4時間と少ししてからコンビニから出て来た。自転車にまたがり今度は街よりも寮に近い方へ漕ぎ出す。

 俺は斎藤との距離を十分に確認してから出発した。自転車を漕ぎながら思う。斎藤は恐らく一日8時間ほど働いている。俺が寮を出たのは朝の8時半。それから9時過ぎに2件目のガソリンスタンドに着いた。10時前にガソリンスタンドを出て10時ちょうどにコンビニに入っている。そこから14時でバイトから上がっている。

 あのガソリンスタンドは朝の6時から営業しているから、6時前には従業員が準備しているはずだ。まさか朝の1,2時間だけガソリンスタンドでバイトをしているわけではないだろう。いるとしたら営業前の準備からだと思う。それにしても学生の身分でほぼフルタイムでバイトをしているのは何故だろう。そして今度はどこに行くんだ斎藤。


 斎藤は寂れた住宅街の方へ突き進んでいく。廃墟とまでは言わないがかなり年季の入ったビルやアパートが多い場所だ。車もあまり通らないような古い住宅地を通って斎藤はある場所の前に一旦止まり、張り巡らされた高い柵の出入り口でガチャガチャと何か手を動かしている。どうやら鍵を開けているようだ。自転車ごと中に入って内側から鍵を掛けた。

 俺も自転車を置いて遠回りに近づく。高い柵が張り巡らされていて侵入者を拒んでいるかのように見える。施設の柵の周りをぐるりと歩いてみる。そこそこ大きい。車用の出入口と、先程斎藤が入っていった出入口らしきところには監視カメラが設置されている。

 柵の中は中規模の病院を改装した施設のようだった。病院にしてはあまりにも出入りが不便すぎる。人の出入りに鍵が必要な上、車が入るには車庫のようなシャッタードアを開ける必要がある。自動か手動か分からないが選ばれた人しか入れないような作りになっているようだ。

 ぐるりと周囲を歩いてみて施設の正面に縦書きの看板が掛かっているのを発見した。


「……アムリタ教団第2アシュラム?」


 思わずため息が出た。どうやらここは宗教団体の施設らしい。そして斎藤はここで何かをしている。鍵まで貰って。

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