第8話 遥華様と千翼君の朝のひととき

「あ〜…コーヒーが身体に染み込むなぁ…」


砂糖を一切入れないブラックコーヒーを一杯口にし千翼は一息吐いた

【朝の始まりに一杯のコーヒーが良い】とある有名俳優が言う程朝の一杯を大切にしている人は多く千翼もその内の一人である


「大丈夫ち〜ちゃん?何だかすっごい眠そうだけど?」


そんな千翼の目の前に座り焼きたてのクロワッサンをサクッといい音立てながら頬張っていた遥華は心配そうに千翼の顔を覗き込んできた


「ん?あぁ…昨日あれから寝つけなくてさ。あまり寝れてないんだけどまぁ…そういうのは慣れっこだから大丈夫だよ」


千翼は「大丈夫だよ」と遥華の頭を撫でて安心させる


「……えへへ、ち〜ちゃんになでなでされるの好き〜【パアァ…】」


初めは驚いてしまい声が出なかったが頭を撫でられる心地良さと千翼の大きくて温もりのある手の感触を感じた遥華の表情から【不安】の二文字は消え失せ代わりに【幸福】の二文字が書き加えられた


「こうしてち〜ちゃんとご飯が食べれるようになってよかったな〜。パパにお願いして正解ね!」


崇道家では原則食事は崇道家の人間のみで食べるのが決まりだ

当然遥華も一人で取るのが決まりで唯一“専属従者”である千翼のみが遥華の側に控えることを許されているのだが遥華が父親の浩介に直談判して千翼とともに食事するように願い出た

初めは浩介も遥華のお願いを断ったのだがそれに反発した遥華が「お父様のバカ!だいっきらい!!」と言って数週間声を掛けるどころか視線さえ合わせなくなってしまった

結果浩介は縋るように千翼と共に食事できる許可を遥華に与えたのだった


「お願いというより半ば強制的だったけどなぁ…あの時の旦那様の絶望した表情は今でも忘れられないよ」


日本屈指の大企業の当主が本当に涙ながら頼み込んできたのだから忘れようがない


「パパったら家の決まりだからって私とち〜ちゃんの仲を裂こうとしたんだよ〜?数週間口聞かないだけで感謝して欲しいくらいだよ!!」


「いや、ただ一緒に食事するかしないかの話だろ?」


食事の話だけで数週間の無視だとしたら万が一千翼と遥華の婚約の話を浩介が許可しなかったら浩介はどうなってしまうのだろうか

千翼はあまり想像したら可哀想だからと考えるのを放棄した


「まぁいいか、それよりも今日の予定なんだけどさ…」


「うん!今日もち〜ちゃんのファッションショー開催するからね!!」


さも当然のように遥華は今日も【コスプレち〜ちゃん】を堪能する気満々だった

本来だったら全力で断りを入れるのだが今日の千翼は冷静だった


「残念ながら今日はそんな時間ないぞ?遥華のお稽古がほとんど詰まっているから昨日みたいに余裕はないぞ?」


「……そんなぁ〜」


「ファッションショー開催時刻が明日になってもいいんだったら出来るかもしれないけど昨日と同じ密度をやるとなると睡眠時間がかなり短くなるぞ?」


「う〜……じゃあ無理かぁ……」


以外と千翼の着替えだったり鈴の撮影時間に編集時間が時間掛かった

フルお稽古に加えて昨日と同じものを開催するとなると本当に時間がない

それは流石の遥華も分かっているようで反論はほとんどしない


「時間が空いた時にまたやってもいいから今日は我慢な?」


寂しそうな表情になった遥華を元気付けようと頭を撫でつつ次回のファッションショーを約束する


「本当!?じゃあ今日は我慢するね!!」


結果は効果抜群だったようで遥華のテンションは最高潮に高まった

千翼も「やっちゃったかな〜?」と思いつつ遥華の嬉しそうに顔を見て「まぁいいか」と満足気に朝食に戻った

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