コバニウム【オチまで4分】
空からゴミが降ってきた。
大気圏を乗り越えても燃え尽きず、その軽くやわらかな物体は大量に宇宙から地球へと降り注いだ。それは白く、一見すれば雪の様に見えた。その量は軽く地球を覆い尽くすほどで、世界は一面、銀世界と化した。
「まったく勘弁してほしいぜ」
ネジは駐車場の雪かきをやめて、空を見上げた。雪など降るはずがない赤道直下の国で、彼は初めての雪かきをしていた。もちろん、本物の雪をどかしているわけではない。彼の隆起した二の腕が躍動し、スコップがその白い物質を次から次へと駐車場の脇へと寄せていく。
「ねぇ、ネジ。真面目にやってる?」車の窓から女性が顔を出した。
「ナット、勘弁してくれよ。だいたいこんなの初めてなんだ。ちょっとぐらい待てないのか?」
「レストランの予約はもう過ぎてるのに」
ネジはため息を吐き、黙ってその白い物資を車の前からスコップで退けていく。ようやく車の道ができたが、道路にもそれは降り積もっていた。
「こりゃ時間の無駄だな」
ネジはナットに歩いてデートに向かうことを提案した。
「えー? ……ま、この状況じゃしょうがないわね」
渋々ナットが納得してくれたので、ネジと彼女はふわふわの道を歩き始めた。
「これ、いったいなんなんだろうな」
ネジは地面に落ちたそれを少し指でつまんでみた。まとまって指先にくっついてくる。
「知らないわよ」
「海にも沈まないし、大気圏を超えてきたぐらいだから、燃えもしない。おまけに静電気で人にくっつきやがる」
「コバンザメみたいだからコバンから取って『コバニウム』だなんて、誰が名付けたんでしょうね」ナットはうっとうしそうに前髪をかき上げた。
「政府の発表じゃ、ロケットで宇宙に投げ返す計画が進行してるらしいぜ。これだけ処理に困るゴミが宇宙から降ってきたとあっちゃ、対処しないわけにはいかないわな」
「さっさとなくなってくれればいいけど」
ナットはヒールでサクサクとコバニウムを踏み抜いていった。
それからネジとナットの住むアルファ合衆国政府は、コバニウム放流計画と呼ばれる宇宙ゴミ除去計画を実行する準備が整ったことを発表した。数十台のロケットが見事に発射され、数十年かけてコバニウムは地球から綺麗さっぱりなくなった。
「ああ、ようやくドライブが楽しめるぜ。よかったな。ハニー」
「ネジ、ちゃんと前見て運転してよ。ゴミがなくなったからって事故っちゃ元も子もないから」
「はいはい、わかってるって」ネジはふと、前方の空から何かが飛来してくるのを見た。「なんだ? あれ」
瞬時に辺りは光に包まれ、ネジとナットの意識は失われた。
荒廃したビルの中で、点滅する液晶テレビがかろうじてニュースを伝える。
「メルクリア共和国を発端として起こった核戦争はようやく終結しました。しかし、全世界の総人口は1割程度にまで落ち込み、放射能で汚染された陸地の割合は95%を越えていると予想されています」
地球のそばには、一台の円盤型UFOが飛来していた。光学迷彩を纏い、地球からはその姿を確認することはできない。透明度の高い強化プラスチックの窓から、二匹のゲル状生物が人間の目を模した器官を構築し、地球を覗く。遊びの様に今度は声帯を模した器官を作り出し、それを震わせることによって彼らは話し出した。
「あーあ。もうすぐ核戦争が起こるから、せっかく放射能を除去する物質の支援をしてやったのに、それを投げ返してくるなんてなぁ」
「しょうがないよ。あいつら、これがなんなのか気づきもしなかった。この多孔質材料の孔は微小だから、人間の技術じゃ発見できなかったんだ」
「人間の言葉じゃ、こういうのをなんていうんだっけか? 確か調査員が残したメモリーがここにあったよな」青いプルプルした生物は液晶画面に体を伸ばし、触って中身を確認した。
「ああ、そうだそうだ。『苦労が水の泡』だ」
「いや、きっとこの場合は……猫に小判、じゃないかな」
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