セクサロイド【オチまで4分】

「ねぇ、あなた。わたし、うまくできたかしら?」

 月明かりに照らされ、女性の白い肌が六条一間に浮かび上がる。

「ああ、最高だったよ。ディーテ」

 ネリは鍛え上げた体をベッドの上に起こし、サイドテーブルの電子タバコを手に取った。電源をつけ、吸う。肺に水蒸気が行き渡り、脳内物質が分泌される。

「それでは、レビューをしてくださいますでしょうか。株式会社セクサスは現在レビュー1件につき新型セクサロイドの試乗を受け付けております」

 まただ。

 ネリは髭をじょりじょりと撫でて、ため息を吐いた。この手のレビューに手を染めると、次から次へと契約する羽目になる。自社製で割引があるとはいえ、もうこれで二十体目だ。そろそろ節約という言葉を覚えなければ。彼は気を引き締め、必要ない、とディーテに告げた。

「それでは、わたし、体を洗ってきますわ。一緒にどう?」

「やめておくよ」

 ネリは服を着ると、夜の街へと繰り出していった。数百年前から変わらないという、ネオンに照らされた夜の街。ショッキングな色で彩られた店の前には、露出の多い女性たちが客引きをしている。ネリは構わずに店に挟まれた道路を歩いていく。

「お兄さん、ちょっと遊んでいきませんか?」

「お安くしておきますよ」

 セクサロイドの客引きが次々と声をかけてくる。ネリは無視して、月を見上げながら歩いた。人が少ないほうへと歩いていたら、いつのまにか路地裏にいることに気がついた。空き缶や落書きがあるこういう場所にいると、時代を遡った気になれて少し楽しい。

「お兄さん、私の相手をしませんか」

 ふと後ろから声をかけられた。こんなところにまで客引きか、とネリはうんざりした気持ちで振り返った。すると、そこには十代後半くらいのひとりの少女が立っていた。

「えっと、二十代より若い造形のセクサロイドの製造は違法だったと思うんだけど」

 ネリはカールした髪が伸びる後頭部をぽりぽりと掻いた。

「違います。私、セクサロイドじゃありません。本物の人間です」

「え?」ネリは少女を下から上に眺めた。

 今や性産業用のアンドロイド、セクサロイドの造りは精巧になっていて、本物の人間と区別がつかない。それは生産工場に勤めるネリ自身が一番よくわかっていた。

「信じてください」少女はネリをまっすぐに見つめる。

「信じてもいい」とネリは答えた。「でも、なんでこんなことをする必要があるんだ? お金なら政府から供給されるだろ? 働かなくても人間らしい暮らしはできる」

「それはIDがある現代の人間の話ですよね。私、過去からタイムスリップしてきたんです。だから、ベーシックインカムももらえなければ、ここでお金を稼ぐ手段もない」

「タイムトラベルの技術が完成したって噂は本当だったのか」

「そうです。だから、どうですか? 私と」少女は汚れたTシャツの襟を伸ばして胸元をはだけさせた。

 正直、セクサロイドのプログラムされた言動には飽きてきていたところがある。妻とも、もう何年もご無沙汰だ。それに、少女型のセクサロイドは裏取引でしか手に入れられない。生の人間となれば……。

「わ、わかった」

 視界に入ったぼろいホテルにネリは少女を連れて入った。液晶画面を操作して部屋を取り、部屋に向かうと、少女はTシャツを脱ぎ、黄色がかった肌を晒した。

「先にシャワーを浴びていいよ」とネリはいった。

「いえ、さすがにそれは申し訳ないです。どうぞお先に」

「わかった」

 ネリは軋む扉を開き、シャワールームでお湯を浴びた。しかし、出てみると、先ほどの少女の姿がない。不思議に思ったネリは着替え終わると、ズボンのポケットに入れていた財布がなくなっていることに気がついた。

 翌日、ネリはセクサロイドの生産工場に出勤した。同僚に不思議な少女の話をすると、彼はネリを笑い飛ばした。

「そりゃうまいことやられたな。新手の詐欺だよ。昔はよくあったみたいだぜ。時代が変わるごとに手段は変わっていくもんなんだな」

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