マッチ売りの少女【オチまで3分】
毛皮のファーを首元につけた分厚い軍服を来て、アラビカとロブスタは街に買い物に出ていた。空は軽く吹雪いているが、これもいつものことだ。氷河期が到来してから、もうずいぶんと時が立っている。
「マッチは入りませんか? マッチを売ります」
みすぼらしい布を重ね着した少女が、カゴに入ったマッチを売っていた。合成コンクリートの上にレンガを塗装された道路には、妙にマッチしている。
「なんだありゃ?」
ロブスタは少女を見て怪訝な顔をした。
「マッチを売ってる少女だから、マッチ売りの少女だな」
「そんな当たり前のことを聞きたいわけじゃないよ」
ロブスタはその10代ぐらいの少女が、街ゆく人にマッチを売ろうとして、何度も断られている様を眺めた。
「なんだ、ロブスタ。あの子が気になるのか?」
「まあな。だってよ、今時マッチなんて売るか? そりゃ昔は暖房もタバコも火を使っていたかもしれないけどさ。今は全部電気で済む時代だろ」
「ま、売れないだろうな」アラビカはひげの生えた口端を吊り上げた。
「なんだ? アラビカ。何か知っているのか?」
「教えて欲しいか?」
「ああ」
「じゃあ、教えてやるから、電気タバコを一箱奢ってくれよ」
ロブスタは舌打ちをして、
「わかったから、早く教えろ」
とアラビカの脇腹を小突いた。
「悪い悪い。あそこを見てみろ」
ロブスタは短い腕を道路の奥にあるビルの窓へと向けた。そこには少女を見下ろす老人の姿があった。
「あれはああいう商売なんだ」
「はあ? わからねぇよ。ちゃんと説明してくれよ」
アラビカは何かを欲しがるように右手をロブスタの前に差し出した。
「ったく、わかったよ!」
ロブスタは近所の電気タバコの自販機で、アラビカお気に入りの銘柄『コロンビア』を一箱買って彼に手渡した。彼は電気タバコのスイッチを押して、口に咥えた。ホログラムの煙が上昇していく。
「つまり、だな」とアラビカは白い息を吐いた。「あの爺さんはここらじゃ有名な金持ちなんだ。あの貧乏な少女が売れもしないマッチを売っている光景を見るのを楽しんでいるってわけだ。金持ちの道楽だよ」
「あー、そういうことか。じゃああれはマッチを売る商売じゃなくて」
「マッチ売りの少女を見せる商売ってことだ。人の不幸を見るのは楽しいからな」
けけけ、とロブスタは意地悪そうに笑った。
「時代は変わったのか、変わっていないのかわからんな」
「まったくだ」
アラビカは電気タバコを一本ロブスタに差し出した。彼は差し出された電気タバコを吸い始める。ホログラムの煙が二本、ラボズの街に昇っていった。
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