ハートのマグカップ

昼食を終え空腹も収まったところで少し休憩を取り、Dinosebは依頼の銃弾を弄り回し

邪魔しないようにと少し距離を取って虎丸は暖かいマグカップを両手に包み、その背中を見つめていた。


ふと、横を向いた彼の顔を見た時に口に咥える棒のようなものに気付く。

もしや…あれは…とバッグをゴソゴソと弄り、ないことに気づき絶句する。


虎「あ゛ーー!!!それ僕の!!!」


D「…?これですか?」


Dinosebが口から離した手に持つ小さな棒付きの飴玉。

それは虎丸が任務中や書類整理中など、手を汚せない時や集中したい時、よく糖分補給をするために口に咥えるものであり、この荒廃した世界では割と高価で売られている。


虎「そ、それ、しかも期間限定のぺろきゃん…

たくさん入ってたはずなのによりによってなんでそれなんだぁぁぁ!!!」


「ぺろきゃーん!!!」と唸りながら床をのたうち回る小さな虎。


D「…食べます?」


スッと差し出す食べかけの飴玉にピタッと動きが止まる。


虎「たべる。あ。」


「くれ、入れろ」と言わんばかりに大きく開けた口。

その大きな口に飴玉を入れようとした手を止め、再び自分で咥えると


D「なぁーんてね。渡すわけないでしょう?

ザ〜ンネン。いただきまぁーす」


ガリッと音ともに飴玉は噛み砕かれ、棒のみになってしまった。


虎「あ゛ーーーーーーーー!!!!!」


D「じゃ、僕忙しいので虎丸はそこで転がってて下さい。くれぐれも僕の邪魔をしないように…」


パッと踵を返し再び銃弾を手にして作業を再開する。


虎「なんだよバーカアホ梟。そんな酷いことしなくたっていいじゃん。」


D「全部聞こえてますよ。そんなにお話する相手が欲しければマルファスとでも話していればいいじゃないですか。」


振り向きもせず、銃弾と向き合いながら淡々と続ける。


D「キリのいいところで作業を終えるので、それまで待てできますか?出かけるんでしょう?」


虎「僕は犬かなんかかっ!待てるわバーカ!」


マ「虎の姐さん〜ご主人大変なんだってよ〜

色々と人間の事教えてくれよ〜」


ハルファス本艦を介してではなく今日は子機を経由しているようでふよふよと虎丸の周りを飛び回るマルファス。


虎「ん、いいよ」


ぽんぽん、と膝を叩き「こっちにおいで」とマルファスに言う。


マ「なんだ?膝の上に乗れってか?今俺ドローンなのに?」


ピタッと虎丸の前で動きを止め、ゆっくりと降下していく。


虎「んーん、ずっと飛ばれてても落ち着かないしハルファスの子機って普段見てはいるけど構造的にどんな感じなのかなって〜

僕の前でいいから、ちょっとだけ飛ばないでいてくれる?」


マ「いいぜ〜お易い御用」


ふわっと虎丸の正面に着地をする。


虎「ありがとう!さてさて人間の何が聞きたい〜?」


マ「んーじゃあ"あい"ってなんだ?」


ぴたっと止まる虎丸の動き。

それにリンクするようにDinosebの作業する手も止まる。


虎「あい…って愛のこと?」


マ「そーそー、よくわかんねえんだけど

俺も分かれば何とか出来るかもって」


「愛」という単語に頭を回転させる。


虎「んー…愛っていうのは、人同士もあるけど

例えば、僕はマルファスの事大好き。

もし、マルファスが壊れてしまったり動かなくなってしまったらすごく悲しい」


マ「なんでだ?」


眉をへの字に曲げて、頬に流れる涙を指で再現する。


虎「マルファスは僕のお友達で、とても大切だから悲しくなるの。あとね、愛って言うのは一言で表せるけど実はたくさん種類があって…」


虎丸がタロスを尊敬するのは「敬愛」

カルマ、リル、アゲハは「親子愛」

虎丸がマルファスやシオン、灰田を思うのは「友愛」

万物全てを愛する「無条件の愛、博愛」


D「そんなに種類があったのか…」


カタカタと作業をしながら2人の話す内容に聞く耳を立てる。


マ「なるほどなぁ!そんなに種類があるのか!

じゃあさぁ…」


虎「どしたぁ〜??」


マ「虎の姐さんとご主人はどこに当てはまるんだ?」


虎「…確かに!どこに当てはまんのかな」


うーん…と考えながら刻々と時間はすぎて行く。


虎「親子じゃないから親子愛じゃないし、敬愛?でもなんか違う…」


D「虎丸、一番重要な「恋愛」を忘れているのでは」


虎「ひぃっ!?」


突然背後から聞こえてきた声と背中に入れられた冷たい何かに驚いてひっくり返ってしまった。


虎「いって…危ねーだろあほぉ!こちとら怪我人だぞ!?」


D「あらあら、そんな所に寝っ転がって…

ドローンが気になってお遊びですかぁ?

ほらほら、猫は猫らしくにゃーにゃー鳴いて見てくださいよ〜」


虎「に゛ゃ゛ーーーー!!腹立つ!!!なにこの憎たらしいバカ梟、いてこましたろかくっそ」


まだ全快はしていないので、技の展開は出来ない…が闇雲にブンブンと腕を振り回しDinosebに頭を捕まれ明らかに届かない腕のリーチにヤキモキする。


マ「……こいつらに関しては多分さっきご主人が言ってた「恋愛」っつーやつなんだろうな」


ぼそっと2人に聞こえない音量で呟くと「ありがとな〜虎の姐さん〜」と作業場から出ていってしまった。

Dinosebには「恋愛」という単語の知識はあるが感情までは分からない。

現に今2人ともそれに頭を悩ませている。


虎「作業終わったの〜?」


D「えぇ、終わったのでこうして猫とじゃれてるんですよ。」


虎丸のことを「猫」と呼び、届かない腕を見ては嘲笑う。


虎「わーかったから出掛けようよ〜もうこれ飽きた〜!」


ボスっと音を立てて地べたに座り込み、子供のように駄々を捏ねて足をバタバタとさせる。


D「お子様ですね。行先は決まってますか?」


防毒マスクを装着し、フードを深く被る。


虎「決まってない!行く当てなくフラフラするのが楽しい!」


D「さいですか。」


虎丸の自由奔放な回答にはぁ、とため息をこぼす…が、たまにはこういうこともありだとは思う。


虎「今度から暇な時ジノのとこ来ようと思ってるし、あのこーひー?ってやつが美味しかったからカップ買って置いときたい!」


D「勝手に決めないで下さい。…まぁ本艦は常に移動して居ますし、高い場所なので僕がいないとまず入る事すら無理でしょうけど」


やれやれ、と呆れ顔でそう言うDinosebに虎丸が「名案!」と何かを閃き、嬉しそうに提案を持ちかける。


虎「僕がここに住めばいいんだ!」


それまで普通に歩いていたDinosebがガタッと音を立ててバランスを崩した。

慌てて体制を持ち直し、もう一度その提案を聞き返す。


虎「だから、僕がここに住めばいつでもコーヒー?飲み放題🎶」


D「いやいや。仮にも貴方は特務機関スサノヲの副官ですよ?用意された部屋があるんですし、わざわざこんな狭くて寒い本艦に住まなくても」


虎「えっ、着眼点そこ?っていうか寒くて…って僕の体心配してくれてるの〜?ねぇねぇ〜w」


D「うるさいですね。風邪ひかれたら困るんで。」


目を合わそうとせず、つかつかと歩き地上に降りるためハルファス子機を用意する。


フィィン…


D「行きますよ。絶対目を開けないでください。」


虎「え。何で」


D「今このハルファス本艦は地上から1500m離れています。僕が合図したら目を瞑ったままでいいので手を伸ばしてください」


虎「え゛…むりむりむり。高い所なのは知ってたけどそんなに高いなんて聞いてない聞いてない!!」


高所恐怖症の虎丸。

任務の時にはやる気スイッチが入っているので

ものともせずに高所を飛びまわり、駆け回ることは出来るが、プライベートではやる気スイッチがオフになっている為、半泣きになるほどには恐怖を感じる。



D「行きますよ、3.2.1…早く手を伸ばして、虎丸。落ちますよ」


風に煽られながら虎丸に手を伸ばす…が、下を見てしまった虎丸は恐怖で足が竦んでしまい、1歩も前に歩き出せない。

その瞬間、パシっと掴まれた右手。


虎「む…むり…怖い…やだ」


D「大丈夫、落ちないように僕が受け止めるから安心して飛べ」


虎「ほんとに手放さない?」


半泣きになりながらも、少しずつ前にすり足で歩き出し、虎丸はグイッと体が引き寄せられた。


D「うそ。」


パッと離された右手…宙に投げ出され、瞬きも出来ずに地面に吸い寄せられる。

小さくなっていくDinosebを見つめ、死ぬ恐怖よりも騙されたことに腹が立ち声を荒らげた。


虎「おまえ!!!いつか殺す!!!!」



D「…!……!」


何を言っているかは風きり音でわからない。


虎「(あー…死ぬかな、痛てーだろーなー…)」


重力に身を任せ、諦めて目を瞑った。


D「ご気分どうですか?初めての滑空はさぞかし気持ちよかったでしょうね〜」


フワッと慣れた香りに包まれ、落ちていく感覚もなくなった。

固く閉じた目を開くと意地の悪い顔をした梟が。


D「助けて、と言っていたらもっと早く助けていたのに。まぁおかげで恐怖に歪む虎丸のいい顔が見れましたけどね。」


虎「ふ…ざけんなくそ。マジで…死ぬかと思った」


カタカタと震える体。

噛み合わせの悪く上手く発音できない。


D「死なれたら困ります。退屈しのぎのいい相手なんですから。」


虎「それは僕で遊んでるんだろ。うっざ…」


D「はいはい、後で飴玉買ってあげるので許して下さいね〜」


虎「30個。」


D「生憎そんなに今持ち合わせないんでね。買えるだけですよ」


ゆっくりと着地し、震える足でそのまま商店街に向かって歩き出す。


キラキラと輝く硝子。

怪しい果実や真反対の美味しそうな瑞々しい果実を売る店。

こだわらなければ、ちょっとした雑貨や生活用品ならこの商店街で一通り揃う。


ショーケースに並ぶ様々な色や形、イラストが描かれているコップに目を奪われ足を止めたその時


「あら〜久しぶりね虎丸ちゃん!その腕どうしたの〜!また任務?」


虎「あ!おばちゃん久しぶり〜!んーん、この傭兵と喧嘩した」


ピッと隣を歩くDinosebに指を指す。


「あらあら、女の子は大切にしなさいよ〜!?傭兵さん!痴話喧嘩も程々によ」


D「痴話喧嘩…?そういう関係では無いですが…」


虎「やっ、やだなぁおばちゃん冷やかさないでよ〜!昨日喧嘩して病院連れて行ってもらったついでに泊まっただけだよ」


「あらまぁ!!もうそんなに進んでるの!?子供産まれたら教えてね♡」


口に手を当て、「あらあら若いわね」とニヤつくおばさんの言葉に「ちょっと待て」と否定をする。



虎「おばちゃん…僕まだ結婚とかそーゆーの考えてないよ…赤ちゃんとか産める自信ないよ…w」


D「今の会話から予想すると結婚相手は僕ということになり、子供も僕と虎丸の子供という事になりますがそっちは否定しないんですか?」


サラッと爆弾を落とし、虎丸とおばさんは目をまん丸に見開いたまま止まってしまった。


D「おや、なにか変なこと言いましたかね…」


顎に手を当てこの発言に至るまでの会話を思い出すが何も間違ったことは言っていない。


虎「やっ、ちょ。ジノちん??」


「このままおばちゃんお話聞いてたら大火傷しちゃうわね。結婚式には呼んでちょうだい!また会いましょ。虎丸ちゃん、傭兵さん!」


そう言うとおばさんは駆け足で去っていった。


虎「あのねぇジノ…そういう事はあんまり言わない方が…」


D「何も間違ったことは言ってないんですけどね。」


やっとおばちゃんから解放され、脱力感からため息混じりにDinosebを睨む。


虎「あーもうやめやめ!ここのお店にする!ちょっとまってて」


D「僕も行きます」


店の前で待てと言われたが、正直虎丸がどういうものを好むのか気になり同行することにした。


小綺麗な白い内装に見合わない黒装束の2人。

周りからの視線が一気に集まる。


虎「あ!これ可愛い!!!見て!!どう?」


虎丸が手に取ったマグカップは黒猫と白猫のモチーフで持ち手が尻尾になっていた。


虎「…あ、でもこれペアのやつかぁ…これ一つだけ買っちゃったらあとから欲しい人も片方だけになっちゃうよなぁ…」


持ち手部分を合わせると2匹の猫の尻尾がハート型になる巧妙な仕組みのものだった。


D「それもいいと思いますが…」


虎「いいこと思いついた。やっぱりコレにする。

お会計してくるから外で待ってて」


手を取った猫のペアマグカップを抱え、Dinosebの背中をグイグイ押して外に出す。


D「ちょ。なんなんですか…」


虎「いいから待ってて!」


そう言うとクルと向きを変え、レジまで走り去る彼女の背中を不思議そうに見届けた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ピッ


「お会計、3500円になります。ラッピングはどうされますか?」


虎「えぇーっと…あ、この黒いラッピングでお願います。」


レジで会計を済ませながら、ラッピングのデザインを選ぶ。


「メッセージカードなどは…」


虎「メッセージカード!?そんなのもあるんですか…どうしよう」


贈り物は下層街区の人々には贈ったことはあるが、手紙…文字を読める人が少ないのもあり、書いたことはない。


「今ならサービスでつけておきますね。

このデザインからお選びください」


虎「あ…お姉さん、これでお願いします。」


何種類もあったデザインのうち、虎丸が指差したのはデザインはフクロウが描かれた手のひらサイズのちいさなメッセージカード。


「かしこまりました。今ここで書かれていきますか?」


虎「今プレゼントする相手を外で待たせているので、ここで。」


ペンを受け取り、他の客の邪魔にならないように隅に寄って添えるメッセージ内容を考える。


虎「…よし。お姉さんこれありがとうございました。」


ペンを返却し、ラッピングしてもらったプレゼントのリボン部分にメッセージカードを差し込む。

果たして彼はどんな顔をするのかが楽しみなのもあり、自然と口元が緩んでしまう。


虎「(今渡しても面白みないなぁ…帰りがけにポンって渡せばいいか…)」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る