梟の涙の理由

虎『んんー……』


普段、特務機関スサノヲの副官としての責務を果たすため、激動の任務や偵察を行っている事もあり、本来2度寝というものをせず

隊の誰よりも早く出勤をして、『ここあ』と呼ばれる甘ったるい飲み物を飲みながらボーッと過ごすのが日課になっている。


虎『連続して寝すぎた…頭痛…っ』


本来しない二度寝をしたせいか、昨晩暴れ過ぎた為か頭を何かで殴打されているような頭痛に襲われる。


虎『まじで…いてー……ん?』


そう言いながら、体勢を変えるために身を動かそうとすると、腰に巻きついている暖かい腕に気付き

今自分がどうなっているのか状況が理解できない、1度落ち着いてどうなっているのかを考えるために動きを止めた。


D『…ん…』


ぎゅっと更に強く抱きしめられ肩に顔を擦り付けてくる自分より一回り大きな梟。


そう、『梟』。


D『とらまる…』


耳もとで名を囁かれると、腰の当たりが浮くような…そんな不思議な感覚がする。

それと共に


虎『(まて。僕は今、ジノに抱き着かれてる?

えっ?後ろから?なにこれどういう状況??)』


D『だめです…いかないで…』


掠れた低い声が、頭の中に響き虎丸の思考を乱す。


虎『うん…???』


恥ずかしさも緊張も…思考も視界も血液も何もかもがぐるぐると周り今にも意識を手放してしまいそうだ。


虎『ちょ…ジノ…?

どこにも行かないから…手離して…』


恥ずかしさが込み上げ、引き寄せられた腰に回る手を振り解こうとするがどういうことか微動だにしない…

半分寝ているのにも関わらずこの力。

虎丸にとって『逃げられない』という事。

身の危険というか心臓が持たない。最悪の事態だ。


D『も少し…こうしてたい…』


普段絶対に見ることの無い甘えた声、表情、態度。

会話をする時はどんな相手にも敬語を使っているのに…そのギャップに少し可愛げを感じてしまう。


虎『わ、わかったよ!』


全身の力を抜き、Dinosebに身体を預ける。

されるがまま…、このままでは『梟』と言うより

大きな犬の様な…そんな感じだ。


D『こっちむいて…』


肩を掴まれ、こっちを向くようにグイッと引っ張られる。


虎『いてて…ん。分かった』


脱臼した肩が少し痛むが

薬のおかげで痛みはほぼ引き、動けるようにはなっていることを確認してからゆっくりとDinosebの方を向く。


D『とらまる…朝の会話覚えてますか…』


虎『?朝の会話?』


Dinosebの腕の中にすっぽりと包まれ、足を絡められ、心地よい温かさに少し虎丸の表情も穏やかになる。


先程の出来事に関して、彼女は寝ぼけていた事なのでさすがに覚えていないことは分かっている。

だが、もう一度あの言葉をその口から聞きたかった。


D『覚えてませんか…』


虎『……うーん……なんだったっけ…』


そう尋ねられ、よくよく考えてみると確かに何があったか、何をしたかは薄ら心当たりがある。

あの時は夢と混同してしまい、抱き締めてしまった事、撫でてしまった事…そして額にキスをしてしまったことを思い出す。


虎『ん、思い出した…ごめんね、あんなことして。

もうひとりじゃないよって僕が言ったことでしょ?それに…キスまでしちゃって。ほんとにゴメン…謝るよ』


恥ずかしさよりも、身内でもなく、親密な関係でもないのにも関わらずあんなことをしてしまって申し訳ないという気持ちがグッと込上げてくる。

虎丸にとってDinosebは良き友人なのにだ。


D『謝って欲しい訳では無いんです…ただそれをもう一度聞きたかったってだけ…』


そう言いながら虎丸の頬に触れ、大粒の涙がDinosebの黒い宝石のような…そんな瞳から一筋の涙が零れ落ちた。


虎『…あ、泣かせた…?』


指で零れ落ちた涙を拭い、頬を撫でる。


D『…!泣いて…る?』


虎『僕があんなこと言ったから、悲しかった…?』


D『…良く、分かりません…

なんでこうも胸が締め付けられるのか…

泣いたのなんて何年ぶりでしょう。』


次々と頬を伝って行く何年もの間、ずっと溜め込まれ続けたきらきらと輝く涙。


D『1人でよく頑張ったね、寂しかったね、もうひとりじゃないよって君が僕に言ったんです。

その言葉が妙に胸を締め付けて…』


虎『僕も寝ぼけて言ってたから今思うとほんとに何様?って感じだけど…

確かにジノは今まで良く頑張ったよ…1人で。

孤児なのも、下層街区出身なのも同じで

まるで自分を見てる感覚に近かったから…』


D『僕は君を妬んでいます。今も…

同じ境遇で育ったのにも関わらず、周りに恵まれ笑顔で過ごす君を見て

なんで同じなのにあんなに恵まれてるんだって…羨ましいなって。今も心のどこかで思ってます』


虎丸の額に、コツンと自分の額を当て目線を合わせる。


虎『いいんだよ、それで。

少しずつだけど会う度に、感情を失ってくジノを見捨てられなくてさ…お節介だけど。

拾われてしばらくした訓練校時代の自分と凄く似てて、今すぐにでも壊れそうって思っちゃって…』


はは…と苦笑いしながらそう答える彼女に『ありがとう』の意味を込めて額にキスを落とす。


虎『ふふ、くすぐったい』


いつもなら『嫌だ』と言って暴れ回るが

今回は暴れること無く、にこっと微笑む彼女に胸の当たりが浮つくのを覚える。


D『先程のお返しです。

虎丸、僕は君と一緒に居ると言葉では上手く表せないのですが

この辺りがほわほわと暖かくなる感じがします。』


涙を自分で拭いながら、胸の辺りに手を当てて心做しか微笑んでいるようにも見える。


虎『僕もだよ?なんかジノと一緒にいると楽しいし、心が暖かくなる!あとねー、隊の誰よりも一緒にいて安心する!』


満面の笑顔でそう答える彼女を見て

この暖かくなる感覚が失っていたはずの『心』というものにより感じる事であり、少しずつ虎丸に動かされていることに気付き始めた。

痛覚と五感は鈍いが心の感覚はその2つとは違う第六感という物なのか…人間は難しい、とも。


D『僕にも心、というものがまだあったんですね』


虎『誰にでもあるよ!

喜怒哀楽、神様が唯一僕たちに与えてくれた共有できる事…素晴らしいと思わない?』


『ほら今も』とDinosebの頬に残る涙の跡を指でなぞるように這わせ、ふと彼女の瞳を見ると

彼女もまた瞳を潤ませていた。


D『これはなんという感情ですか?』


そう問い掛け、同じように潤んだ虎丸の瞳を見つめ、今にも溢れそうな涙を指で受け止めた。


虎『嬉しい、って感情。

胸が暖かくなるこの感覚が喜怒哀楽のうちの1つ。『喜』だよ。

それを今2人で共有してるの。わかる?』


D『嬉しい…ですか…でもなぜ泣いているのか…

…では言い方を変えましょう。

虎丸と一緒に居るととても嬉しい気持ちになります。』


暖かい布団の中で抱き合い、そう語り合う2人。

まるで、生涯を共に生きる『番』の様に見えるが、そうでは無い。

経験がない為、お互いに『好き』という感覚を『一緒に居ると安心する友人』と勘違いをしているのだ。


『無自覚』が1番関係を拗らせるという事も分からずに。


虎『嬉し泣き。嬉しくて泣くこともあるんだよ。

…僕もそう思うよ、ジノと居るとなんか嬉しい』


そう言いながら『えい』と胸に顔を擦り寄せ、腕を回しぎゅっと抱き締め返す。


D『…っ あー…』


顔を押え、上を向きながら唸るDinoseb。

それを見た虎丸は擦り寄せた顔を離し、ん?と首をこてんと傾げ、顔を見上げる。


虎『どしたー??』


D『いえ…抱きしめ返された事によって何故か胸の動悸が…』


胸に耳を当て、心音を聞いてみるととても忙しく動いていた。


虎『あははwジノ顔真っ赤ー!なにその顔!りんご飴みたい〜!』


クシャッと笑い、Dinosebの頬をつんつんとつつき回し、むにゅむにゅとこねくり回した。


虎『顔熱いなーwww』


D『ちょ…やめてください』


虎『んーーー!やーめーろー!!』


仕返しのように頬をこねくり回され、ぶにゅ、潰される。


D『…ブサイク。』


クスクスと笑いながら虎丸の頬をこねくり回すジノは今『楽』を感じているのか…?と思うと虎丸も嬉しくなってくる。


虎『はははwやめろよーw』


やめろ、と言いながらも楽しそうに満面の笑みを見せる。


D『虎丸』


虎『んー??なーぁーにー』


笑いすぎで涙を浮かべた目をゴシゴシと拭き、再びDinosebを見上げたその時


D『ん。』


後頭部を掴まれ、顔を近づけられる。


虎『へ。』


迫るDinosebの顔。

『あ、キスされる』と目をぎゅっと瞑り唇が触れるまであと1cm…


マ『ご主人ー、もう昼だぜー起き…』


マルファスの声が艦内に響き、ピタっと動きが止まる。


マ『お?邪魔したか〜?』


D『別に…』


自分が彼女にしようとした事を思い出し、口元を抑える。

当の彼女はフリーズしたまま目をぱちくりさせていた。


マ『飯にしたら〜?

栄養摂取しないと人間ってぶっ倒れるんだろ?

虎の姐さん、よくぶっ倒れてるよなー』


布団を捲り、虎丸に掛け直すと耳元に口を寄せ

マルファスに聞こえない程度に囁く。


D『…続きはまた。貴方はまだ横になってて下さい。怪我人なんですから、僕が作ります。』


布団をあげて顔を隠し、コクコクと頷いているのがわかる。


虎『…ありがと』


D『いえ、僕が悪いとはいえ盛大に傷付けてしまった事ですし。』


梟が描かれたマグカップにお湯を注ぐと芳醇で香ばしい香りが虎丸の鼻を擽る。


D『喉が渇いていると思うので、ここに置いておきますね。気が向いたら飲んで下さい。

ミルクとシロップも置いておくのでお好きなだけ。』


コトン、と音を立ててベッドサイドに置かれる香りの正体。


虎『なに…これ』


Dinosebの手を借り、起き上がるとマグカップを手で包みスンスン、と香りを楽しむ。


虎『いい匂い…』


D『珈琲という飲み物です。僕には味はよく分かりませんが、香りがいいのでよく口にします。

ネコ科の貴方には熱いと思うのですこし冷ましてから口にしてくださいね。』


そう伝えるが、時すでに遅し。

彼女は口をカップに付け、『あっ』という顔をした。


虎『あちっ!!!!』


D『だから言ったじゃないですか…はぁ』


舌を出し、パタパタと手で仰ぎ舌を冷やしている彼女の顔に手をかける。


D『…火傷してますね。皮が捲れてしまってる。』


虎『あひゅい…いひゃい…(熱い、痛い)』


捲れた皮が気になるのか口の中でもごもごと舌を動かす。


D『こら、ダメです。酷くなりますよ。

手…とら、舌出して。ほら、べーってして下さい』


虎『…ん、なにぃ〜…こう?』


べーっと舌を出し、銀色のピアスがキラリと光る。


D『そうです。そのまま動かないで』


カチャカチャと何かを探る音。


虎『???』


D『これだ…ちょっと滲みるかもしれませんけど』


取り出したのは火傷を治療するための軟膏。


虎『んっ!薬じゃん!!やだよ!!!』


D『ダーメ。化膿したらどうするんです』


虎『やだよーーー…』


駄々をこねる彼女の口に指を入れ、強制的に口を開かせ逃げないように腰に腕を回す。


虎『んぁ…!?』


D『少々手荒になりますが失礼します』


虎『んっあ…やらぁぁぁ!!ぐえっ』


舌を引っ張り出し、強制的に軟膏を塗り付けた。


嫌がる子供の様にDinosebの胸をドンドンと叩く。

塗りつけるためとはいえ腔内を掻き回され、水音が脳内に響渡り、掴まれた腰が浮いてしまう。


D『ん、終わりました。よく出来ました。

偉いですよ虎丸お嬢さん』


虎『にっが!!!なにこれまっず!!!おえっ』


ぺぺぺ、と苦味に顔を歪める虎丸を横目に手を洗い、寝室を出ていく。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


マ『なぁ〜ご主人』


D『ん?』


フライパンを揺すりながら、背後から話しかけて来るマルファスの呼び掛けに答える。


マ『さっき俺呼びに行った時、虎の姐さんに何しようとしたんだ?』


D『…お前意地悪いな。聞かなくてもわかるだろ』


マ『キスしようとしたのはわかるけどよー』


D『おま…っ』


ガタッと音を立てて落ちそうになるフライパンを持ち直し、『うるさい』とディスプレイを叩く。


マ『珍しく怒ってんのか?虎の姐さん、反応面白いもんなぁ〜悪戯したくなる気持ちよく分かるぜ〜』


D『自分でもわからない。何故あんなことをしようとしたのか…ふと見てたらしてみたくなっただけだ』


話しながらも手をとめずに手際よく皿に出来上がった朝食…いや、昼食を盛り付けていく。

正直、僕が作るとは言ったものの味には自信はない。味見をしても僕は味は分からない。


マ『そんなこと言って、昨日思いっきりしてたクセに』


D『お前…そろそろ本当に電源落とすぞ』


ピッ、とフライ返しをカメラに向け一瞥する。


マ『へいへい。ご主人、やっぱり最近変わったな』


D『僕もそう思う…虎丸のおかげだな』


そう言うとふたつの皿を持ち、寝室へと足を運んだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


コトン、と皿を置く。


虎『美味しそーな匂い!』


子供のように目を輝かせ、嬉しそうに笑顔を向ける。


D『味に自信はありませんよ。味分かりませんし』


虎『でも見た目すっごい美味しそうだよ!!!ありがとう!!いただきまー…す?』


ぱく、と口に含むと彼女の動きが止まった。


D『どう…ですか?』


動きが止まった彼女に恐る恐る味の感想を聞く。


虎『う、うんすっごく美味しいよ…』


ふいっと目を逸らし、泳ぐ瞳。


D『やっぱり。まずいなら残して良いですよ。

逆に身体に悪いかもしれません』


虎丸の前に置かれた皿に手を伸ばすと、ばっ、と皿を奪われた。


虎『だめ!ジノが頑張って作ってくれたから最後まで食べる!』


頬を膨らませ、これは僕の、と言わんばかりにまくし立てる。


D『分かりました。お腹痛くなっても知りませんからね』


はぁと溜息をつきながらDinosebも食事を口にする。

…やはり匂いはわかっても味は分からない。


虎『…そのうち、味もわかるといいね?

そしたらまた、ケーキバイキング行こう?』


D『そうですね…またひとつ楽しみが増えました』


虎『とりあえず今日はご飯食べてどっか出かけよ?』


D『はいはい、口の周りを拭いてから喋ってください』


彼女の口の端に着いたケチャップをDinosebは指で拭い、ペロッと舐めた。


虎『おいお前それはずるいぞ。拭けよばっちい』


D『ばっちくはないですよ…』


虎『キーターナーイー吐き出せよーーー!!』


D『あーもううるさい!いい加減つまみ出しますよ!?落ちたいんですかこの高度で!!!』


耳を塞ぎ、ギャンギャンと言い合うふたり。

またひとつ感情を取り戻したかもしれない梟。

それと少し大人になった虎丸。


ハルファス本艦には2人の言い合う声が響き渡る。


この平和はいつまで続くのか…

そしていつ、2人がこの感情を自覚するのか。

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