好きと嫌い

あの後、彼女は僕の背中の服を掴んだまま一言も話さなくなりただ、乗り物の振動に揺られるだけ。


D『大丈夫ですか〜』


虎『…ん』


何度か安否を確認するのに声をかけるが、少し頷くだけでそれ以上は何も言わず、病院に近づけば近づく程段々と服を掴む力が強くなる。


D『痛い、というものが僕にはあまりよくわかりませんが、そんなに怖がらなくても…』


戦場では真紅の鬼神と共に先陣を切り、戦闘を好み楽しんでいる"あの"虎丸が大の病院嫌いと知って少し口角が上がってしまう。


D『…?』


なぜ今少し頬が緩んだのかは自分でも分からず、思わず口を抑えてしまった。

分からない感情…。

失ったのか、最初からこの感情を知らないのか。

"あの日"から何日も経つがそれすらも分からないまま時が経つのはもどかしい。


しばらく走らせると、前に赤い十字が見えスピードを緩める。


D『着きますよ』


虎『……んー…』


背にもたれかかる小さな虎にそう告げると

駐車場に停め、お互いを括りつけていたワイヤーを解いた。


D『痛みはどうですか?』


バギーに跨ったまま、自力では降りられない彼女の目線に合わせて屈み身体の状況を問う。


虎『もう、痛くない…』


ふい、と目線を外し小さな声で答えるとゆっくり自力で降りようとする。


その瞬間、ドサッと音とともに視界から彼女が消えた。


D『え。』


視線を下に移すと、黙ったまま足元に転がる哀れな彼女がいた。


虎丸『ちから…入らないぃぃー…』


じたばたする事も出来ず、首だけを持ち上げ訴えるがそれを見たDinosebには心配、よりも少しからかってやろうと言う気持ちの方が勝ってしまった。


D『痛くないのでしょう?自分で歩いて行けるはずなので僕はここで失礼しますかね。』


マ『おいおい、ご主人それは無いぜ〜

虎の姐さん、どう見ても自分じゃ立つことすらできねぇだろ』


黙って2人のやり取りを見ていたマルファスが口を挟む。


虎『くそ…めちゃめちゃ癪に障る。』


でも歩けないし…と転がったままジノちんに抱えられるのは恥ずかしい。でも歩けないから抱えてもらうしかない、でもなんか嫌。と念仏のように頭を抱える彼女を見て、Dinosebは吹き出してしまった。


D『ははは…冗談ですよ。捕まって』


手をサッと差し伸べられたが、虎丸は今まで見たことの無いDinosebの笑顔に驚きピタッと止まってしまう。


D『僕の顔、何か着いてますか』


ムッ、と眉を顰め差し伸べる手を止めた。


虎『あ、いや。

笑った顔初めて見たなーって思っ…て…んわ!?』


今まで地面と仲良ししていた体がふわっと中に浮き、目を開けるとDinoseb顔が数cmという所に迫っていた。


D『グズグズしてる暇あったらさっさと手を伸ばしてくれませんか?

貴方、重傷者なんですから早く治療をしないと』


淡々とそう述べるDinosebだが、虎丸はそうもいかない。

激しく脈打つ心臓、上昇する体温。

耳まで赤くなるのが自分でもわかる。


虎『ちょ、落ちる落ちる!』


自立ではないため、安定感のない人の腕の中。


D『僕の首に腕を回してください。そうして頂けると落ちる心配はありませんよ。間違っても締め落とそうなんて思わない様に。』


虎『!?首に…手を…回す!?』


D『…ッ。

いちいちうるさいんですよ。僕耳が人よりもいいって知ってるじゃないですか』


キーンと耳腔の奥底に響く音に顔を顰める。


虎『ご。ごめん…』


口を両手の平で覆い、もごもごと喋るがDinosebの首に腕を回すということは抱きつく、と同等な気がしてなかなか踏み切れない。


D『とりあえず受付してくるので隊員証を』


優しく壊れ物を扱うように長椅子に降ろされ、受付をしてもらう為に隊員証をDinosebに渡し

受け取ったDinosebは虎丸に背を向け、事の経緯を話し最優先治療者として受付を済ませた。


D『虎丸、今すぐに治療を施してもらえるそうなので治療室まで行きますよ』


『あの、車椅子ありますけ…』


受付の女性がそういうと、Dinosebは口元に指を当て人差し指を立てる。


虎丸を横に抱き、治療室に入ると医者が既に座っておりベッドに寝かせるように言われる。


虎『ひ…っ』


優しくゆっくり寝かせられても、骨の軋む痛みでギュッと目を瞑ってしまう。


『うーん、虎丸くん今回も相当やらかしたねぇ』


ハルファスが診た結果を伝えると、医者は眉間を抑え深くため息を付く。


D『今回も?』


『おや、君彼氏だろう…知らないのかい?

この子はね、何度もここに運び込まれている。

初めてはたしか…2年前だったか。

楽しかったらそれでいいって言うのもあるけど1番は自分の体は誰かを守る為になら、いくら壊れても構わないって考えなのだよ』


横に寝かされている虎丸に視線を移し、語り始めた。


D『そういう考えの人なのは知っています。

今回、彼女と揉めた理由もそれですし…。』


『だからといって、痴話喧嘩でここまでやることないだろう』


虎『センセ、さっきから何勘違いしてるか知らないけど僕とジノちんはそーゆー関係じゃないよ』


『そうなのかい!?

てっきりそうだと思ってたよ』


申し訳なさそうに頭を下げる。


虎『ジノちんもちょっとは否定しなよ』


D『いや、面白そうだったので。

まぁ特別嫌な気もしませんでしたし』


『ほぉ〜だって、虎丸くん』


にやけ面で壁を向く虎丸の背中を指で突く。


虎『センセ!性格悪い!早く診察してくれないかなぁ!?』


Dinosebの方からは顔は見えないが耳が林檎のように赤く染まっていることはわかる。


何か変なことを言ったか…とまた頭を悩ませ始めたその時


『じゃあ触診から始めるからDinosebくん、服脱がすの手伝ってね〜』


サラッととんでも発言する医者に虎丸は慌てふためくが動かない身体のため抵抗することは出来ず、拷問だ。


虎『まじ!!!ほんと!!ダメだから!!』


D『もう既に見てますし、そんな恥ずかしがらなくても』


サラッととんでも発言第2弾がDinosebの口から飛び出した。


虎『ひょ……えっ!?見たの!?いつ!?』


D『先程バード商会の治療室で見ました。

虎丸、意外と…』


虎『は!?意外と何!!!!!!!!』


D『ぺたんこだったと思っていたのですが…意外と胸あるんですね。メスはメスなりに。

そう言えば胸の谷間にホクロも…』


『はいはい。イチャつくのはあとでね〜』


虎・D『イチャついてない!!/ません。』


テキパキとその間にも服を脱がし、Dinosebが応急処置とはいえ、施したものはあくまで一般人のやったものなのでプロに任せる。

細かい傷などを消毒し清潔なガーゼに取り替えていく。


『まぁた傷増えてる…ちゃんと治療しないと空に怒られるよ』


背中や胸の辺りに増えた傷を見ながら本日何度目か分からないため息をこぼす。


D『この後怒られる予定ですから大丈夫だと思います』


虎『やだもうお嫁にいけない』


D『その時はその時です』


『君、結構楽しんでるねこの状況…』


苦笑いをしながらも折れた箇所にギプスを嵌め治療を施していく。


『さすがに今回ばかりはすぐ完治はさせられないよ。

あの治療法も細胞を異常活性化させて治りを早くしてるから体にも負荷がかかるんだ

本来兵士不足で負傷した兵士を強制的に動かすために出来た非人道的な治療法だしね。』


虎『えっ、治せないの?ずっと痛いってこと?』


眉を下げ、嫌々と首を横に振る。


『さすがに今の体力じゃあ無理だよ。

エネルギー量が根本的に足りない。

今まともに食事してないでしょ?

これじゃあ擦り傷ひとつ治せやしないよ』


カルテのエネルギー量欄をとんとんと指で差す。

活動に必要なエネルギー量を大幅に下回り、本来なら先程のように暴れることなど絶対に出来なかったはず。

無理に体を動かしたのもあり、本来ならば発動できたはずの技も発動できなかった。

もっと言うと、あんな場所で頭から落下したのもそれが原因だ。


『もひとつ言うと、右腕脱臼してる。

ハメなきゃいけないんだけど…ちょっと痛いけど』


渋々言っているように見えるが

虎丸にとっての1番の爆弾を落としていく。


虎『えっえっあれやだよ!痛いじゃん無理!!!』


D『暴れないでください。体に障ります』


『いくよハメるから変に動かないで』


虎『まって!まって…こわいから。

ジノ…手繋いでてくれないかな…』


震える声。震える肩。差し出した手も震えている。

任務外や手合わせ以外での彼女はこんなにも弱いのか…とそう思いながら、ゆっくりと手を取る。


D『いい子です。頑張ったらまたケーキバイキングでも連れて行きましょう』


虎『ん、ありがとう…』


『いくよ、大きく呼吸して』


虎『すぅーーー…ッ』


医者の掛け声と共に骨の軋む音とハマる音が聞こえる。


虎『ーーーーーーッい…痛い痛い痛い!!!!』


耳を劈く絶叫と共にぎゅっと強く握られる繋いだ右手。


虎『…はっ…はぁ…』


呼吸を荒らげ、肩を上下させる彼女を目の当たりにする。


知り合った当初はあんなにも荒々しく、誰よりも屈強な戦士だった。

ただ目の前にいるのは、涙を目に溜め今にも壊れてしまいそうな彼女だった。


D『よく頑張りましたね。ご褒美です。』


その瞬間ふわっと腕の中に包み込まれ、頭を撫でられる。

とくん、とくんと聞こえるDinosebの心地よい鼓動は乱れた虎丸の呼吸を落ち着かせてくれる。


虎『ぐず……うっ…』


いつもなら意地でも離れようとする彼女が珍しく腕を首に回し母親に甘える子供のように抱き返す。

見てからに小さい彼女は、腕の中にいると見たよりも小さく感じる。

この小さな体に、どうしたらあんなにも大きな力が宿るのか気になってしょうがない。

首や顔をよく見るとあちこちに薄い傷跡が残り、頬を包み親指でその傷跡をなぞる。


『毎回そんなに泣かなくても…あんな傷だらけになるまで戦う子だけど、プライベートじゃそれなりに女の子なんだね』


D『まぁ…いつもはメスですが、今は女の子だと思ってあげましょう』


泣きじゃくる子供を抱き締め、あやす母親のように背中を優しく摩る。


虎丸『いたかった…』


D『よく頑張りましたね〜、いい子ですよ〜』


『若いっていいねぇ〜これでお互いそんな関係じゃないって言うんだもんなぁ…行く道は前途多難だな』


虎『んぅ…』


Dinosebの肩口にすりすりと顔を寄せる。


『まぁ甘えられるような人が居なかったからこそのこの状態なんだろうけど…ねぇ?w』


2人の様子を見てくすくすと笑う。


虎『すぅ…すぴ…』


D『まぁ面白い場面も見れて診察も治療も終わりましたしとりあえず帰りますか…』


『虎丸くん、寝てない?』


D『寝てますね…泣き疲れたんでしょう。

今日はこのまま連れて帰ります。ありがとうございました』


『スサノヲに送りに行くのなら私が後で送っていくけど…』


D『まだ話したいことがあるので、今日は僕の自室に連れて帰ります。

後で送っていくので、ご心配なく』


Dinosebの足の間と腕の中にすっぽり収まって寝息を立てる虎丸はそのまま再び横に抱き抱えられ治療室を出ていった。


『…見た感じお互い無自覚だなぁ〜若いって良いねぇ。おじさんニヤけちゃうよ』


出ていった扉を見つめながらニヤケ面でタバコに火をつける。


『…さて、あの子には後何回治療しなきゃ行けないのかな…所詮寿命の前借りに過ぎないからなあの治療法は…』


天井に向かって吸い込んだ煙を吐く。

フワッと宙に消えて行く白煙。

いつか、虎丸の命もこのような形で消えてしまうのかと思うと今までの出来事がフラッシュバックしてしまう。


致命傷を負い、その度に痛みで泣き叫んで暴れる虎丸を空丸と滝丸が抑え込み、強制的に治療を施してきたが

今回、Dinosebと手を握るだけで泣いたり暴れたりするのを我慢したというのはとても意外だった。



『…さぁ、いつくっつくのかな〜』

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