初めてのごめんと壮大な誤解
バード商会
物々しい扉をハルファスに指示を飛ばして開く。
カラン…と鈴の音が鳴る。
血で汚れた虎丸を抱えたままなので待機中の傭兵達がギョッと目を見開く。
『おい…あれスサノヲの嵐鬼竜じゃ…』
『なんで新人傭兵が大御所連れてきてんだ…しかも血塗れ』
『何かあったのか…?』
聴覚が人より発達している為、傭兵達が話している内容が全てDinosebにはハッキリと聞こえる。
D『すみません、包帯と痛み止め消毒液を頂いても?』
カウンター奥にいる受付人に虎丸の傷を治療をするための道具を借りる。
D『ありがとうございます。奥の治療室、借ります』
ザワつく周囲にチッとイラつきを覚えながらも治療室に入り鍵を閉めた。
虎『う゛…ッ』
小さく虎丸が呻き、身動ぎをする。
D『まずい…このままじゃ起きる。』
マ『なぁ、ご主人』
D『なんだ、忙しいんだが』
マ『虎の姐さんって女なんだよな、いいのか?』
ふよふよと浮かびながら左右に揺れるハルファス。
D『致し方ない。この出血量なら死には至らないが肺に折れた骨が刺さっているのが問題だ。
軽く治療してから病院に連れていく。』
マ『ほ〜そういうことならいいんじゃねぇの〜』
擦り傷や切り傷を消毒しながらガーゼをテキパキと貼り付け、顔にこびり着いた血の塊も、清潔なガーゼで拭い取っていく。
虎『痛…っ』
顔の血を拭っている時、彼女は目を覚ました。
虎『…どこ、ここ』
目覚めるなり、状況を理解したのか今自分のいる場所を確認する。
D『バード商会の治療室です。僕が運びました。』
淡々と答えながらも治療する手は止めない。
虎『やめて貰えませんか?』
D『やめません。僕が傷付けてしまったので』
虎『余計なお世話です、み手を退けろ』
パンっと乾いた音を立ててDinosebの手を叩き落とした。
D『……せん』
目を合わせず、顔を背けたままボソッと何かを呟くDinoseb。
虎『はい?』
D『…すみませんでした』
Dinosebの口から紡がれたとは思えない言葉。
虎『どういう風の吹き回しですか』
起き上がることも出来ず、目でDinosebを追いながら問う。
D『マルファスから聞きました。銀のブレスレットのことも、赤い紐の事も、虎丸が心を痛めながら弔う理由も』
虎『……!』
目を見開き、マルファスを睨み付ける。
虎『マルファス…言ったの?』
マ『黙ってろって言われなかったからだぜ』
はぁ…とため息をつきながら2人から顔を背け、話し始めた。
虎『ほんとは…わかってたんだ、Dinosebと僕は命の価値観が違うこと…
だから何があったか僕はDinosebに言わなかった。
『死んだら肉塊と同じ』そう言われる気がして何も言えなかったんだ』
マ『あの日、何があったんだ?』
虎『僕らが支援しに行った何日か後、下層街区に上部の人間が来て、甘い言葉で唆して何人も子供を連れていったんだって…
ご飯がおなかいっぱい食べられる、教育を受けられる、かわいい服も、カッコイイおもちゃも沢山あるからおいでって』
D『はい』
寝たまま、腕で顔を覆い震えた声で話し始め、黙ってDinosebは彼女の話に耳を傾ける。
虎『危険かどうかは俺が判断する、安全だったらまた伝えに来るからってリョウジを中心に何人か子供が着いて行ったんだって。
フタを開けてみれば麻酔なしで子供や女から臓器を取り出したり、骨を抜いたりしてそれを売りさばいてたって話』
D『…そう…でしたか』
Dinosebが思っていた内容よりも遥かに想像を絶する残酷さに、これを1人で抱えていたのかと思うと胸糞悪い話だ。
虎『初めは人身売買の可能性があるって事でただ任務に当ってただけだったんだけど…
そこには他の地区からも唆されて来た子供や女、老人たちの肉塊が1箇所に積まれてて、目を開いたまま動かなくなったリョウジがいたんだ。』
想像していたより壮絶な内容に、さすがのマルファスも口を開かない。
D『その売買をしていた奴は…』
虎『始末した。必要ないから』
D『さすがの副官様。仕事が早いですね。』
虎『…褒められる事じゃないよ
無謀な事してるんだもん。』
『無謀』…どういう事だろうか。
思い切って聞いてみようかと思う節もあるが、それよりも今は彼女の体が持たない。
椅子から立ち上がり、彼女に近付き手を差し出す。
虎『…ん?』
D『立てますか?』
『ちょっと待ってね』と唸りながら上体を持ち上げようと力むが、痛みが酷いせいか持ち上がらずパタンとベットに寝てしまう。
虎『はは…ダメみたい。情けなぁ…』
力なく失笑する彼女は何処と無く消えてしまいそうで、あの様子だと暫くは起き上がることさえ難しいだろう。
D『空丸さんと滝丸さんを呼びますか?
…それとも、このまま抱えて病院に行きますか?』
どちらも虎丸にとっては嫌な2択。
空丸と滝丸を呼べば、Dinosebが痛い目に遭う。
病院は虎丸の大の苦手な場所だった。
下層街区で生活を送っていた時に捕まり、人体実験のモルモットとして使われそうになったからだ。
虎『うーん…どっちも嫌…』
顰めっ面でそう答える彼女を強制的に抱え込み、立ち上がる。
虎『だぁ!?』
D『肺に骨が刺さり、血液が溜まっていてこのままだと呼吸も出来なくなる。
病院は空丸さんと滝丸さんに預けてもどちらにせよ行くことになりますし、このまま直接病院に連れていきます。』
虎『は…まじ言ってんの…?』
D『えぇ、大マジです。』
虎丸の拒否も虚しく、抱えたままつかつかと前に進み部屋の扉を開けると一気に視線がふたりと一機へと集まる。
『おい…あの二人どういう関係なんだ?』
『まさかそういう仲とか…?』
『それはさすがにねぇだろうよ』
D『友人を治療しただけのこと。あまり騒がないで頂けますか?傷に障ります』
『これ、良かったら貸し出しますよ』
そうDinosebに話し掛けふふ、と口元を抑え何かのキーを投げ渡す男。
パシッと受け止めたその鍵は、男が所有しているバギーの物だった。
D『お言葉に甘えてお借りします』
虎『ありがとっ!おにーさん!ジノちんにツケといて〜!』
D『ちょっと。勝手に僕にツケないでください
後が面倒くさくなるでしょう。他人に借りを作るなんて最強に面倒臭いです。後でなんて言われるか…』
虎丸の額に指を弾き、ぺちっと軽い音がする。
虎『てっ!元はと言えばきっかけ作ったジノちんが悪いんじゃんかー』
不服そうに頬を膨らませ、眉間に皺を寄せて『ねぇマルファス』と機械に同意を求める。
マ『まぁそうだなぁ〜ご主人が悪いし仕方ないんじゃないのか〜?』
2くるくると旋回しながら2人の後を追うマルファスに小さく舌打ちをしつつバード商会を後にした。
D『お前はどっちの味方なんだ』
マ『俺そういうの分かんねぇよ〜う』
こういう時だけやけに白々しいマルファスにイラつきを覚えながら初期化してやろうかと言う恐ろしい考えが頭の中をぐるぐるとまわる。
マルファスは話し方こそ僕らと変わらない様に聞こえるが、思考に関してはまだ産まれたての赤子同然なので、強くは言えない。
ドルルルルル… ドッ ドッ ドッ
キーを回し、バギーのエンジンを温めながら、虎丸を後ろに載せ落下防止にハルファスのワイヤーでDinosebと虎丸を固定し、出発した。
彼女の体温が背中に直に伝わって来る。
それは向こうも同じことだった。
痛みで動けないと言うのもあるが、完全に虎丸はDinosebの背中に頭を預けるような形で寄りかかっていた。
虎『………』
D『虎丸?大丈夫ですか?傷、痛みます?
さっきから静かですけど』
普段、騒がしいほどの彼女が、今この状況で黙られると息を引き取ってしまってるんじゃないかと勘違いしそうになる。
虎『あっ…あ、だだだ、大丈夫!!!』
突然の質問に驚き、僅かに声が上擦ってしまった。
確かに、揺れで少々傷は痛むが虎丸にとってはそれどころではない。
体を預け、耳を背中に当てるような形の為Dinosebの心音がトクン、トクンと聞こえ眠気を誘う。
その事が何故か恥ずかしく思えてしまい、激しく心臓が脈打ってしまう。
バギーのエンジン音なのか、それとも激しく動く自分の心音なのか。
もしこれがDinosebに聞こえてしまったらどうしようかとも考える。
虎『…というか…ハルファスで飛べばよかったんじゃ』
よく分からない感情を誤魔化すように、話を逸らしていく。
D『虎丸…、貴方自分で登る高所は平気でも、他者に連れて行かれたりする高所は苦手じゃなかったですっけ?』
はぁ、とため息を着くのが背中越しに聞こえる。
虎『…えっ。そんな事よく覚えてるね…いった!』
驚きに目を見開いてしまい、砂が目に入ってしまった。
虎『いったたた…目にゴミ入ったあ…』
右手は骨折しているため動かず、左手でゴミを拭おうとしたが、先の闘いにより金属皮膜が剥がれ落ちてしまい、とてもじゃないが拭えそうにない。
D『取れそうですか?』
少し進行するバギーのスピードを緩め、極力揺れを抑えながら進む。
虎『…ん、大丈夫…だと思うけど目がゴロゴロする』
D『これだからお子様は手が掛かりますね』
そう言うとバギーを一旦止め、ハルファスにワイヤーを解くように指示した。
シュルル…と解けていくワイヤー、Dinosebから少し離れられた事に虎丸は安堵する。
D『こっち向いてください』
虎丸の向かいに座り、自分の方を向くようにと言われるが目を直視出来るような心の余裕が今彼女にはなく、目をぎゅっと瞑ったままDinosebの方を向く。
D『…ふざけてるんですか?親切にしてあげてるんですから、少しは言うことを聞いて頂いても。』
そんなことを言われても…と思いながら
体が言うことを聞かないので、諦めるしかない彼女にとって今この状況は地獄に等しい。
体温と脈拍数の上昇とDinosebに触れる事に対しての羞恥心。
どちらにせよ、今の虎丸には理解できない体の変化に困惑してしまっているため、原因はDinosebだと分かっていても胸の違和感の正体が分からないまま目を合わしたくないと言うのは当然の事だった。
D『あの、目を開けてくれませんかね。ゴミが取れない』
ぎゅっと瞑ったまま一向に目を開こうとしない虎丸の頬をDinosebはぎゅっと掴んだ。
虎『むぁ!?』
タコのような口になってしまい、羞恥心が勝ち目は無事開かれた。
滲む視界でその瞬間Dinosebとバチッと視線が交差する。
D『充血してますね…、あぁ、コレですか。』
指先で小さな砂を取り除いた途端、視界がクリアになった。
虎『〜〜〜〜!近い!!!』
滲んで距離感が掴めなかったが、視界がクリアになった途端に気付く。
2人の距離は鼻と鼻が触れ合いそうな距離だということに。
D『すみませんねぇ〜。小さくてよく見えなかったので。』
眉をへの字に下げ、バカにするように見下ろされ余計に腹が立った虎丸はふぐのように頬を膨らませた。
マ(…この画角だとご主人が虎の姐さんを襲ってるようにしか見えねえな。灰田に送り付けて置いてやろう〜)
ピピッ ピロン
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~I.P.E総務部~
『ハルファスから映像を受信しました。』
ディスプレイに表示される文字を読み、添付されている映像を確認する。
映るのはハルファスに背を向けたDinosebとその正面に座る小さな虎の子。
肩に手を置き、ゆっくりと顔を近づけるDinoseb。
映像はここで止まっているが灰田の思考は止まらない。
むしろ大きく広がってしまっている。
灰『…あらあら〜!!!えっくっ付いた!?』
ハ『急にデカい声出すなよ、なんだ?
あー…虎のチビとフクロウか』
蓮『…大火傷』
灰『ふふふ、フクロウさんついに♪
積極的ですね〜』
後でDinosebにくどくどと説教をされる事は間違いない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
虎丸たちはマルファスが何をしていたのかは知らず、Dinosebは再びハルファスに指示を飛ばし自分と虎丸を固定した。
再びエンジンをかけ、Dinosebは病院まで急ぐ。
後でとんでもない出来事が2つ起きることも知らずに。
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