悲しみに沈む

下層街区に赴いてから数日後のお話



虎丸は任務にあたっていた


キンッ ガキッ


金属同士が当たる音が辺りに響き渡り

任務の激しさを物語っている。


『ぐぁぁぁぁあああ!!!!!』


急所を避けて切り裂き、ピッと、護國に付着した血液を振り払いながら上等なスーツを纏った中年男に近づいて行く。


虎『ねぇおじさん、今まで何人殺したの?女子供だけじゃないよね』


上等なスーツも、泥と涙と血液、体液が付着し

見る影もない。


『再利用してやろうと思っただけさ!!

あんな所にいても辛いだけだろう!』



天真爛漫な陽だまりのような笑顔が

この時だけは虎丸から消え失せる。

その代わり、冷たく冷酷な視線が標的へと向けられカチカチ、と歯を擦り合わせるような恐怖へと変わる。


虎『…お前に明日はねえよ。今ここで死ね

俺が殺す』


『ひっ…』


『おじさん』と呼称された人物の喉から空気が漏れるような音がした。


虎『動・招天双撃』


ブシュッ


その瞬間、虎丸の顔に赤くドロッとした汚物が飛び散った。

足元に広がる同色の海と先程まで喚いていた汚物の肉塊が転がる。

もう死んでいるので動きはしないが

神経の反応なのか手だったものや脚だったものがビクビクと動いている。



虎『テメェみてぇな上部の人間がいるから下層街区で生活してる人達は然るべき終わり方ができないんだ。』


肉塊を蹴り飛ばし、顔に飛び散った汚物を袖で拭い去った。


虎『ごめんな…』


守れなかった下層街区の子供や女。

この肉塊に甘い言葉で誘われ利用され

骨や臓器を抜き取られ、ゴミ箱のような場所に積み上げられた死体の山に視線を移し歩み寄った。


虎『ごめん…ごめん。怖かったよね。

痛かったよね…ッ』


小さな子供の亡骸を抱え、抱き締め

守れなかった悔しさと失ってしまった悲しさから

空色の瞳に涙が浮かぶ。


もう動かないこの子達は戻ってこない。

虎丸が抱き抱えている男児は、下層街区に赴いた時、Dinosebを後ろから捕まえたうちの1人だった。


虎『最後はせめて、君たちの『とら』として終わらせてあげるね…』


虎丸が男児に渡した手首のブレスレットを外し、自らに付け、その代わりに赤い紐を結んだ。


——来世でまた会いましょう。


その意味を込めて、その山が積み上げられていた建物に火を付けた。


凄まじい勢いで広がる火の海を見つめ

手を合わせてその場を後にした。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



虎『…今戻りました』


空『おかえり』

滝『お〜おつかれぇ〜』


スサノヲ拠点、門前にて2人に出会った。


虎『ん』

滝『今日もまた派手に汚れてんなぁ』


血塗れの服を捲り時間が経ち赤黒く変色した頬を撫でた。


空『…なんかあったか?』


空丸の新緑のような瞳は

いつもの陽だまりのような笑顔も元気も消え失せ

ただ目は泣き腫らし、充血した空色の瞳を捉えた。


虎『…下層街区の人達がまた殺された』

滝『チッ…またかよ』


グッと拳を握り唇に血が滲むほど守れなかった歯痒さで噛み締め、口の中に鉄の味が広がる。


虎『今日は、もうほっといて…』


その声は震えていた。

眉を下げ、無理に笑う小さな虎の頭にはいはい。と手を置く二人。

虎丸の信用する兄のような存在

こういう時、慰める訳でもなく言った通りに放っておいてくれるが、黙って頭は撫でてくれる。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ヒューと音を立てて吹く風が赤黒い肌を撫でる。

丘とは言えないような辺鄙な場所だが

天帝の住まう場所以外でこの國が見渡せるのはこの辺だけだ。

虎丸はなにか辛いことや悲しいことがあったらこの『丘』に足を運ぶ。


やせ細ってはいたが足が早く虎丸が見せる技を覚えようと必死に練習し、とても可愛がっていたが

無惨にも青白く血色の無くなったあの男児の顔を思い出していたのだ。


虎『うっ…ッ』


胸の当たりを締め付けられる様な痛みに耐えるように服をギュッと掴む。


虎『は…ッう゛…ぁ゛…!!!』


痛みに気を失いそうな時、聞きなれた低い声と

機械が浮遊する音がする。


?『虎丸?』


蹲り、肩を上下させる小さな虎に歩み寄り肩に手を置こうとしたその時


虎『触る…なぁッ!!!!!』


手を振り払われ、その瞬間虎丸と目が合う。


虎『ハッ…!?ジノ…!?』


まん丸な空の色を映した瞳が零れそうなほど見開かれる。


D『どうしたんですか、今日は随分血の気が多いですね。文字通り衣服や顔も。』


マ『よぉ虎の姐さん!なんだその顔怖いなぁ』


虎丸以外誰も来ないこの丘に、見慣れた黒い梟。


虎『はは…なんだジノとマルファスか…なんでこんなところいるの?ここに来るの、僕だけだと思ってた』


気の抜けた笑い方をする虎丸に対し、Dinosebは胸のざわめきを感じる。


D『人気のないところを探して散歩していたら見つけたんですよ。たまたま赴いたら見覚えしかない先客がいたので、声をかけただけです』


マ『嘘付け、ご主人。

虎の姐さんを見かけて後着けただけだろぉ〜』


D『マルファス、お前…!』


虎『心配してくれたの?』


膝を抱え座っていた虎丸が、隣に座るDinosebを見つめる。


D『別にそういう訳じゃない、虎丸が変だと僕もつまらないだけです』


虎『僕、変かなぁ…』


再び顔を伏せてしまう。


マ『あぁ、いつもにこにこへらへらしてるのに

今日はその笑顔がねえぞ?』


D『虎丸。』

虎『…ん?』


呼び掛けに、顔を上げると隣に座っていたはずのDinosebの顔が目と鼻の先に現れる。


虎『なななななな、何!?近っ』

D『ブサイクだな、と』


虎丸の鼻にツンと指で触れ顔を離す。


虎『酷くない!?急にディスるじゃん!!!ふぁぁ!?』


素っ頓狂な声を上げながらDinosebから後退りし、そのままひっくり返ってしまった。


マ『ははは!虎の姐さんおっちょこちょいだなぁ!』


ひっくり返った虎丸を見て、マルファスは声を上げて笑った。


D『…クスッ』


虎『ジノ…今笑った?』


口元に手を当て方を一瞬だが震わせたDinosebを虎丸は見逃さなかった。


虎『笑ったよね!?今笑った!!ねぇマルファス笑ったよね!?』


マ『あぁ、バイタルに少し動きがあったぞ』


D『笑ってません』


マ『バイタルは正直だぞー』


意地でも笑っていないというDinosebに追い打ちをかけるように虎丸は言う


虎『マルファス、今のとこ再生できる?』


マ『おぅ、出来るぜ!!』


勝った!いう顔をしながらデータを見返す虎丸を見て少し安心した。


D『…いつもの虎丸だ』


急な突風が吹き、Dinosebのフードが外れ

虎丸の腰布が風に揺れる。


虎『…あ』


D『なんです?』


虎『ううん、手合わせ以外で初めてフードとったところ見たなぁって思って』


Dinosebと目を合わせ、ふにゃっと笑顔を向ける


D『逆に言えば虎丸のそんなブサイクな顔初めて見ましたよ』


虎『はぁ〜?ブサイクってなんなのよ💢』


D『いつも笑ってて下さい、調子が狂う』


フードをかぶり直し、背を向けポケットに手を突っ込んだ。


マ『姐さん、ご主人のバイタルが変だ

見たことない数値を出してる』


虎『なんかの病気…?解析出来ないの?』


マ『とりあえずしてみる!』


D『待てマルファ…!』


---データ解析。バイタルコピー1…2…3%

照合不可。


マ『姐さん、このデータはどれにも当てはまらないみたいだ』


虎『未知な病気…!?ジノちん病院行こう!』


グイグイとDinosebの手を引っ張りながら丘を後にしようとする。


マ『ほら!今!バイタルがおかしい!虎の姐さんといる時だけだぞコレ!!』


虎『僕が病気の原因!?一緒にいたらやばい!?』


引っ張っていた手を急に離し、Dinosebのバランスが崩れ…


ドサッ


虎『…へ』


D『…ッ急に手を離さないで…!?』


虎丸を押し倒すような形で倒れ込んでしまった。


マ『ア゙ア゙ーーーーーッバイタル異常値検出!!!ガガッビーッビーッ』


マルファスが異常値を検出した事により警報が鳴る。


虎『ちょ…あのっ…』


D『す、すみませっ』


焦り虎丸の上から起き上がったDinosebと顔を手で覆ったまま起き上がれない虎丸がそこにはいた。


D『大丈夫ですか…』


寝そべる虎丸に手を差し伸べ、立ち上がらせる。


虎『ご、ごめんありがとう…』


虎丸の目は泳ぎ、胸に手を当てたまま混乱してしまいDinosebと目が合わせられなくなってしまった。


D『虎丸?』


虎『ちょ、あの今顔近づけないでなんか変!』


D『熱でもあるんじゃ…』


虎丸の右腕を掴み引き寄せコツンと額を合わせる。


虎『〜〜〜〜〜ッ!!!!!』


一気に体温が上昇し、胸の動悸と全身の血管が音を立てて血液が回るのがわかる。


虎『…やっ!離して!!!』


掴まれた右手を振り払おうと力を入れるがビクともしない。


D『虎丸、こんなに力ありませんでしたっけ…?』


虎『ううう、うるさいよぉぉぉぉ離してえええ!!!』


バタバタと腕の中で暴れる虎丸を抑えるように覆い被さる。


D『これじゃあ僕に勝てませんね』


虎『うるさぁぁぁい!!!!!』


バチーンと音を立ててDinosebの防毒マスクが吹っ飛んだ。


虎『あっ…ごめっ』


そう、平手打ちをかましてしまったのだ。


D『…ッ?!』


衝撃で目がチカチカしてしまい、判断が数秒遅れる。


虎『ごめん!ちょっと用があるから帰る!!!!!またね!!!!!じゃーねマルファス!!!!!』


その隙にするりとDinosebの腕から抜け出し本部の方まで全力で虎丸は走り去っていった。



D『なんだったんだ…』


マ『…………………(エラー)』

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