第2章 事案ファイル 弐

神隠し伝説

警視庁の所在地は東京都千代田区である。

では、特事課の所在地も同様に千代田区なのかというとそうではない。


特事課は、扱っている事件は勿論のこと、特事課という存在そのものも秘せねばならない。

それ故に、その所在地は東京都内とすら限らず、更には所在地の特定を避ける為、最短でも三ヶ月に一度は移転している。


「先月までは金沢市、今月からは三重県…て、いくらなんでも大移動過ぎませんかね 」

僕は真新しいオフィス、否、特事課内で一番空調が効きそうな場所に自身のデスクを移動させながら言った。

「先々月は名護市だったよ 」

万代課長が窓から山々を眺め、満足そうな顔で言った。

「名護市って…沖縄のですか…?そんな色んなところに機材やら何やら運んでたら、逆に機密漏洩しそうなもんですけど 」

「その心配があるから、全部自分達でやってるんだよ。どうせ運ぶものといってもパソコンと久良岐くんの研究機材くらいだからね 」

確かに移転の際には机も椅子もキャビネット類もすべて廃棄していた。残るは各自のパソコンくらいのものだが…


「央子さんの研究機材って、あの悪の秘密結社ばりの仰々しい機材たちでしょ…どうやって運んでるんですか? 」

「そこはあたしの超!科学力がモノを言うわけよ 」

振り返ると、電子タバコを咥えた央子さんが戸口に寄りかかっていた。

「こないだの麻婆豆腐…じゃなくて中華料理屋が異空間に変換された事件あったでしょ、あれと似た原理でね。異空間…あたしは裏世界って呼んでるけど、その裏世界を経由して機材を移動させてるの 」

「つまり…機材を金沢からここまでワープさせたってことですか?…って、どうせいつもの冗談でしょ。その手には乗りませんよ 」

「ひどーい、あたしの科学力を信用してないのー? 」

「いや、信用するしないじゃなくてそれはあまりにもSFじみてるっていうか…」


「馬鹿が、今更何言ってんだ。てめぇもオカルトの類の癖して、SFは信じらねぇってか?」

塩津が僕の頭を鷲掴みにして言った。

「やめてください。パワハラですよ 」

ふん、と塩津は鼻で笑った。

「言ってろ。それよかとっとと支度しやがれ。仕事だ 」


この数ヶ月、三重県名張市内にて、未就学児が忽然と姿を消す怪事件が頻発していた。

メディアは組織的な誘拐事件であると報道し、世間を騒がせていた。


「昨日、五件目の失踪事件が発生した。まだ報道はされてねぇがな 」

塩津はハンドルをきりながら言った。

「単に誘拐事件と聞いてますけど、僕ら特事課が動くべき案件なんですか? 」

「誘拐事件だってんなら、なんで金銭の要求がねぇんだ?犯人からは家族、警察のいずれに対してもコンタクトがねぇ。まぁ、ガキを慰み者にする変態か、人身売買の可能性もあるがな 」

「このご時世、その可能性は高いと思いますけどね 」

「そんときゃそん時だ。調査の結果、怪異の仕業でなけりゃぁ…俺らは引き上げる。管轄外だからな 」

塩津は心なしか忌々しげに言った。

「それはそれで…モヤモヤしますね 」

「……そうだな 」


五人目の失踪者、尼年健一(あまとしけんいち)宅には夕方頃到着した。

母親の尼年春香(あまとしはるか)は憔悴し切った表情で僕達を出迎えた。

健一の失踪から一睡もしておらず、食事も摂っていないとのことだった。


「お母さん、早速ですが健一くん失踪当時の状況を聞かせていただけますか? 」

俯き、今にもその場に崩れ落ちそうな様相の春香に事情聴取を行うのは、少し心苦しかった。

春香は僕の質問にゆっくりと頷き、顔を上げた。

「既に警察の方にはお話ししておりますので、同じ内容になりますが… 」

昨日の昼過ぎ頃、春香は健一を連れて公園へ行ったという。

近頃の失踪事件に対する警戒心は当然あったが、複数のママ友と示し合わせて公園へ赴いた為、防犯の意味では問題ないと考えていたらしい。

それぞれの子供から目を離さず、30分程度で切り上げる予定だったという。

「私は…油断していたのかもしれません。達夫くんママ、妊活時代から仲良くしてもらってるご近所さんなんですが、彼女と少し話し込んでしまって…ほんの5分にも満たない時間だったと思うんですけど、振り返るとあの子が…健一の姿が何処にも見えなくて…」

私のせいなんです…消え入るような声で呟くと春香は嗚咽を漏らし、両の手で顔を覆った。

痛ましい…これ以上話をさせるのは酷というものか…。

「お母さん、ありがとうございました。息子さんは警察の手で必ず… 」

塩津が僕の言葉を遮って、ぐいっと春香に顔を近づけた。

「ほかには?ガキが消えたと時に何か変わったことはなかったか? 」

な、なんて言い方するんだこのゴリラは!デリカシーって言葉を知らないのか!

春香は塩津に気圧されたのか、青い顔を更に青くして押し黙った。

「す、すみません、お母さん。僕達はこれで失礼します。何か思い出したことがあれば…ご連絡ください 」

僕は春香に特事課の名刺を無理矢理握らせ、塩津の背中を押すようにして尼年宅を後にした。


「塩津さんて誰にでもあぁなんすか…勘弁してくださいよ… 」

「なんだ、文句あんのか。俺たちゃカウンセリングに来たわけじゃねぇんだ。気遣いなんぞ回りくどいだけだ 」

「回りくどくてもなんでも最低限の物言いってもんがあるでしょ 」

「うるせぇ。俺の態度が無礼だってんなら、ガキを見つけてから謝りにでも行ってやる。土下座でもしてやるさ 」

どうしたことか、塩津が普段以上に苛立っているように見える。

「塩津さん、あなたなんかやけに… 」

「黙ってろ 」

塩津はステアリングをコツコツ指で叩きながら、有無を言わせぬ口調で言った。









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