第4話 いざ、テキサスへ。

「翔君、飛行機は初めて?」

機内を落ち着きなくキョロキョロと見回している僕を見て、二郎が言った。

「いや、沖縄に一度行ったきり。これ、すごいね、国際線は、こんなに映画が見放題なの?何時間のフライトって言ったっけ?」

僕は機内誌にある映画のリストを見て興奮していた。

「あはは、ダラスまで、直行で十三時間だよ。映画が、うーん、七本は見られるかな。でも、少しは寝ないとね。」

映画を五本見終わった時点で、僕は目が疲れて眠りこけた。そして目をさますと、そこはアメリカだった。ダラス国際空港は、ものすごく天井が高くて、色とりどりの不思議な形をしたオブジェがたくさんぶら下がっている。僕が最初に驚いたのは、人間達の大きさだった。通りすがる大人達は、僕の父さんの4倍くらいは体積がありそうだ。背中が広すぎて、背負っているリュックサックがやけに小さく見える。僕のウエストサイズくらいはありそうな太い腕や首には、色とりどりの刺青が入れられている。そして、強い香水と、ファーストフードと、コーヒーの匂いで、ともかくだだっ広い空間が満ちている感じがした。僕が口を半分開けたまま通りすがる人達を見上げて歩いていると、二郎が僕の腕を引っ張って言った。

「翔君、僕らはもう日本じゃないんだ。そんな風に間抜けな顔をして歩いていたら迷子に間違われるか、スリとか押し売りに騙されるから、ほら、僕と並んでさっさと歩いて。」

二郎は胸ポケットからランバンのサングラスを出すと、さっとかけて荷物受け取りラウンジへと足早に歩いた。キザなやつ。いつの間に二郎はこんなに格好いい六年生に変身していたのか。いや、そうではなくて、単に僕が二郎のこういう一面を知らなかったに過ぎないのだ。

「ねえ、二郎は毎年アメリカに来てるの?」

ボケボケしていると置いて行かれそうな気がして、半ば駆け足で急ぎながら、聞いた。

「うーん、毎年アメリカってことはないかな。ヨーロッパに行く事もあるし。アジアのイベントに参加する年だってあるんだよ。」

「へー、その度に、一人旅してるの?」

「はは、まさかそんな。子供だけで移動するのは今回だけ特別さ。だって普段は叔父さんのクルーと一緒に行くから。今回は僕たちだけジョーの家に泊まるために先に来てるでしょ。まあ、海外旅行は慣れているし、英語圏だから何かあっても言葉が通じないってことはないしね。まあでも、テキサスだからね。不法移民のギャングに拐われたりしないように気をつけないとね。僕らは子供だし。」

二郎は冗談めかして言ったけれど、サングラス越しに見えた目は物凄く真剣だった。到着ラウンジに出ると、ジョーが笑顔でアイラブユーのサインを顔の前でブラブラさせていた。

「ウェルカム・トゥ・テキサス!」

両手を大きく広げるジョーに、二郎は笑顔でサンキュー、と言うと二人はヒシッと抱き合った。僕がその脇でぼーっと突っ立っていると、ジョーは長い腕で僕を抱きしめた。

「ハグだよ、ハグ。挨拶。覚えろよ、みんなにハグされるからな、家についたら。」

ジョーは僕と二郎のスーツケースを持つと、叔父さんのトラックはこっちだから、と言って僕らを誘導した。ジョーは、学校で見るのと全然雰囲気が違う格好をしていた。赤いチェックのネルシャツに細身のジーンズ、それと膝まである茶色いカウボーイブーツ。銀色の十字架がついた、黒い革ひものネックレスに、英語で何か書かれた蛍光ピンクのゴムみたいなリストバンドもしている。駐車場に着くと、僕はジョーの叔父さんのトラックの大きさに唖然とした。何しろ、タイヤだけで僕の首の高さくらいまである。ピカピカに磨き上げられた紺色のボディには、白いロングホーンの角の絵柄が入れてある。荷台だけでも僕の家の風呂場サイズを優に超えている。しかも、荷台のあるトラックなのに四ドア。僕がまた口を開けて見上げていると、運転席から白いカウボーイハットをかぶり、黒いカウボーイブーツを履いた、身長が一九〇センチ以上は余裕であるんじゃないかと思われる金髪のおじさんが飛び降りてきた。穴だらけの白いタンクトップからは褐色に焼けた筋肉モリモリの長い腕が伸びていて、シャツのピチピチ感から胸板の厚さが想像できる。キン肉マンに出てくるテリーマンみたいだ。ロングホーンの頭が掘られた大きいベルトバックルに、色あせたジーンズからは土埃と藁の匂いがした。

「ナイス・トゥ・ミーチュー。」

二郎はサングラスを頭の上に乗せると、背の高い筋肉モリモリのテリーマンと握手をした。それから二人は英語で早口で何か言った後、僕の方を向くと、ジョーと三人で大声を出して笑った。僕がわからないからって、またジョーがからかっているに違いない。僕は笑って、透き通るように青い目をしたカウボーイと握手をした。その大きくてゴツゴツした手は、硬くてザラザラした手触りだった。

「叔父さんの牧場は、ここから二時間くらいで着くからな。お腹減ってないか?ちょうどランチの時間だから、シティを抜けた辺りで何か食べよう。」

助手席に座っているジョーは振り返ってそう言った。僕は後部座席の窓から、五車線もある高速道路の迫力を眺めていたのだけれど、あらゆるものの大きさに度肝を抜かれた。僕は、このトラックに乗り込む時に、ステップによじ登らなければ届かないくらいだった。つまり、それだけ背の高いトラックに今座っているはずなのだ。なのに、横を猛スピードで通り過ぎていく大型トラックときたら、日本の一軒家よりも巨大に見える。ジョーの叔父さんだって時速一五〇キロメートル以上は余裕で出して飛ばしているのに、その脇を横浜埠頭とかで見られるコンテナより一回り大きいようなトラックが、猛スピードでゴゴゴゴゴと地鳴りをさせながら通り過ぎていく。僕は巨人の国についたガリバーの気分だった。右手に高層ビル群が見える。

「あれが、ダラスの中心部。あの向こう側には、大きな日本人街もある。和食が食べたくなると、父さんはいつも俺たちをあそこに連れて行くんだ。でも、今回は母さんの兄さん家に泊まるからね。食事は大概ステーキとパンとメキシコ料理とチョコレートブラウニーさ。」

ジョーはそう言うとニカッと白い歯を見せて笑い、僕に板チョコレートを投げてよこした。ラッピングには、I♡TEXAS と赤い字で印刷されている。

「ウエルカム・ギフトだ。」

横を見ると、二郎がリュックを枕に眠りこけている。サングラスからいつもの赤いお洒落な丸メガネ姿に戻っている。飛行機では眠れないんだ、と言っていたから疲れていたに違いない。僕はジョーと叔父さんの会話をなんとなく聞きながら、ビュンビュン通り過ぎて行く景色と、どこまでも続く大きな青い空にドキドキした。

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