第3話 第一回クラブミーティング
翌週の火曜日、僕たちは図書室で初めてのクラブミーティングを開催した。本校舎一階にある図書室の自習室は、大きな窓が四つもあって、とても明るい。校庭とは反対側に面したその窓からは、学校の裏にある雑木林が見えて心地よい。僕はお気に入りの窓際の席を四つ陣取った。
「えーっと、今日は冒険に関する書籍の紹介、ということで、何かお互いにお気に入りがあったらシェアして欲しいと思います。」
僕は週末、冒険に関する本を何冊かピックアップした。ガリバー旅行記、八十日間世界一周、南海漂流、そして姫には不思議の国のアリス。僕たち四人は、図書室の自習室で二時四十五分に集合予定だったのだけど、三時を過ぎても誰も来ないので、僕は活動報告書にピックアップした四冊を読みました、と書き込んだ。三時十五分まで待ってみて、誰も来なかったら帰ろう。僕はガリバー旅行記を読みながら暇つぶしをした。巨大なガリバーが、小人の宮殿の火事を消すために、自分のオシッコをジョロジョロお城にかけて消火活動する所で、僕はつい声を出して大笑いしてしまい、自習室で静かに勉強していた人達に睨まれた。皆、今日が火曜日だってことを忘れてしまったのだろうか。僕が肘をついたまま窓の外を見上げると、コツン、と窓に何か当たった。何だろうと思って窓を開けて覗くと、紙飛行機が落ちている。すると今度は、僕の頭にコツン、とまた紙飛行機が飛んできた。僕はそれをキャッチすると、何か書いてあるのに気づいた。開くと、小学一年生並みの下手くそな字で〈ヨテイへんこう。モリにこい。〉と書かれている。僕は窓から顔を出して辺りを見回したけれど、誰もどこにもいない。クヌギの樹々の間から、木漏れ日が静かに輝いているだけ。その時、また紙飛行機がどこからか真っ直ぐに飛んできて、机の上に着陸した。今度は、二郎の几帳面な字だ。〈僕たち、集合場所を図書館の自習室と間違えた。ごめん、森の池で待ってるね。〉考えてみれば、僕と二郎はいつも放課後、図書館の自習室で一緒にDVDを見たりしていたから、間違えたのも無理はない。クラブ活動だからと言って、学校の敷地内にこだわった僕が悪かったのかもしれない。僕は四冊の本を鞄にしまい、図書室を出た。
学校の横にはちょっとした公園と雑木林と遊歩道があって、そこを抜けると、市立図書館の分館がある。学校と図書館のちょうど真ん中に大きな浅い池があって、池の真ん中には石橋がかかっている。僕が小走りで池に到着すると、三人は石橋の上から池の中を覗き込んでいる所だった。
「ほら、釣れた。」
そういうと二郎は、ヒョイっと何かを水面から引き上げた。手の平サイズの小さなカメが、木の棒から垂れ下がった糸に食いついている。
「やあ、翔君、待ってたよ。本当にごめんね、僕が勘違いしちゃって。」
小さなカメを姫に渡すと、二郎はいつのもアイラブユーの手を振った。僕も同じように手を振ると、ジョーまでシラけた顔で同じサインをブラブラさせた。
「なんか、君がやるとかっこいいな。」
僕はジョーの隣に腰掛けて、池の上に足をだらりと垂らした。
「なあ二郎、お前どこから紙飛行機飛ばしたの?また新しい形のだったけど。」
二郎の部屋には、紙飛行機デザインコレクションの本があり、僕はいくつか一緒に折ってみたけど、これがものすごく凝っていて難しく、すぐ作るのが嫌になった。でも二郎はいつも脇目も振らずに新しい紙飛行機のデザインを試みていて、スピードが出るやつとか、長く飛ぶやつとか、回転するやつとか、いろんな種類を開発している。
「あ、気づいてくれた?」
二郎は嬉しそうに白いシャツの胸ポケットから小さなY字型の折りたたみ投石機を取り出した。
「こないだ、妹と『風の谷のナウシカ』を見ていて思いついたんだ。紙飛行機も、メーヴェを突風に向かって発射させていた時みたいに飛ばした方が、距離も速さも出るかも、って。さっきのは、一番まっすぐに飛ぶ飛行機をこのカタパルトから、そこの木に登って飛ばした。今日は風も無いし、少し高いところから緩やかに滑降するように飛ばしたら、直線距離で図書室の窓まで50mもないから届くだろうって思って。大成功だったね。」
「ケイ、あなたってホントにスペシャルね!」
姫が目をキラキラさせて二郎を見つめている。
「それはともかく、今日は提案があるんだけど。」
ジョーはそう言いながら鞄から大きな板チョコレートを取り出すと、無造作に開けてバリッと噛り付いた。
「お前達、夏休み何してる?俺の叔父さんがテキサスにロングホーンの牧場を持っていて、馬とか牛とかもいるんだけど、毎年夏に大きなロデオ大会がいくつもあって、俺と妹はそれを手伝いにアメリカに帰ることになってる。お前達も来て手伝わないか?トント、お前海外行ったことないんだろ?」
ジョーはあっという間に板チョコレートを一枚食べきり、二枚目を開けようとしている。
「それ、そんなに食べて平気なの?チョコレート食べ過ぎると鼻血が出るって。」
僕は思わず心配になって言ってしまった。
「なんだそれ、お前も食うか?」
そういうとジョーは新しい板チョコレートを鞄から取り出して僕にくれた。一体、こんなものを何枚持ち歩いているのか。
「夏のロデオ?ジョーの叔父さんはテキサスのどこで牧場やってるの?実は、僕も叔父さんの乗馬クラブの用事で夏にオクラホマに行くことになっている。テキサスは広いからなあ。どの辺?あと、日程は?」
「本当か?今年俺たちが出場するのは、ダラス空港からそんなに遠くないデントンのフェアとか、ユタ州のモアブで開催されるロデオとかなんだ。八月の中旬から終わりにかけて。」
「私、ビューティーパジェントに出るのよ!」
姫がくるくるふわふわのポニーテールを揺らして、大きな瞳をパチパチさせながら自慢げに言った。二郎はジーンズのお尻のポケットから手帳を取り出すと、八月、八月、と呟きながら頁をめくっている。
「あ、僕のは八月の最終週。ちょうど良いね。オクラホマのタルサでやるイベントに出ることになってる。」
「本当か?叔父さんの牧場からタルサまでは車でほんの四時間ちょいだぞ!すごいな、これは運命だ!決まりだな。第一回冒険クラブ主催、夏合宿だ。詳しい予定は、ケンの叔父さんとも話し合って俺たちで決めとくから、トント、お前はパスポートの準備だけしとけよ。」
「そうだね、僕の両親から、翔君のお父さんとお母さんには話してもらうことにしよう。飛行機代もうちのイベントの手伝いで行くっていうことにすれば、経費で出るから、翔君は何も心配しないで。」
「ケイと一緒に旅行が出来るなんて、私幸せ!ねえ、カップルで出場できるジュニアパジェントがあるの!ケイ、私のプリンス役で一緒に出てくれない?」
姫は二郎の腕に飛びつくと、グッと唇を頬に寄せた。二郎は顔を真っ赤にして硬直している。ジョーはそんな二郎を不憫に思ったらしく、ため息をつきながら妹を二郎の腕から優しく引き離すと、彼女の頭をポンポンと叩いてこう言った。
「ヘンリエッタ、グレゴリーがやきもち妬くんじゃないか?あいつ、強いぞ。ケイが殴られてもいいのか?」
「グレゴリーには可愛いブルネットのガールフレンドができたんだって。ママが言ってた。だから気にしないの!私のプリンスはケイだけなんだから!」
姫は頬をピンクに染めながら兄に向かって憤慨している。まだ四年生のくせに、ボーイフレンドやらガールフレンドやら、随分とませているんだね、とコメントしようかと思ったけど、怒ったミツバチみたいにキンキンしている姫を見ると、火に油を注ぐようで、とばっちりを食らって叩かれたりしても嫌だから、僕は黙ってチョコレートを一口かじった。ロデオなんて見たことないし、本当にローン・レンジャーの世界に行かれるなんて、面白そうだなあ。まあでも、母さんは夏休みは夏期講習よ、って張り切っていたから、どうせダメって言われるよな。そう思っていた僕の予想は、良い方向に大いに裏切られ、気がつくと僕は、パスポートを右手に、左手にはスーツケースのハンドルを握りしめて、二郎と二人で成田空港に立っていた。
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