さよなら風たちの日々 第10章ー3 (連載31)

狩野晃翔《かのうこうしょう》

第31話


             【5】


「駿さん。やっぱりちょっと、ポールマッカトニーに似てますよね」

 ベンジの言葉に信二が嬉しそうに答えた。

「やっぱりそう思うか。実はこいつ高校の文化祭でビートルズやったとき、学校中の女の子からポールマッカトニーに似てるって騒がれてたんだ」

 ベンジはそれで納得したように、

「ああ、やっぱり。ポールマッカトニーに似てるっていうのは、ぼくの思い込みだけじゃなかったんですね」。

 そう答えてから、ベンジは言葉を続けた。

「そういえばぼくの高校のそばに、ポールって喫茶店ありますよ」

 首をかしげながら、ぼくは訊ねた。

「ベンジはどこの高校通ってるの」

「葛飾野高校です」

「その高校、どこにあるの」

「お花茶屋です」

「え、お花茶屋」

 それはぼくの頭の中で、お花茶屋という地名とポールという名前の喫茶店がジョイントした瞬間だった。


 歴史にIF(もしも)は、ないという。

 しかし歴史マニアや歴史学者はいつだって、歴史にIFを考えている。

 もしも信二が大学の文化祭で、ビートルズのコピーバンドを考えなかったら。

 もしも信二の従弟がギターがうまくなかったなら。

 そして彼がお花茶屋にある葛飾野高校の生徒じゃなかったら。

 これらのIFがひとつでもそうでなかったなら、ぼくとヒロミが再会することはなかっただろう。

 ぼくは不思議に思った。

 いったいなぜ運命は、どうあらがってみても、そこに帰結してしまうものなのだろうか。

 それはまるで神が用意した、道しるべでもあるかのように。


 ぼくはそのあともベンジに質問を続けた。

「その喫茶店、お花茶屋のどこにあるの」

「駅前の商店街です」

「どんな喫茶店」

「ヒロミママとマリさんっていう女の人がやってるんです。どっちもきれいなお姉さんなんで、うちの学校じゃヒロミママ派とマリさん派がそれぞれ親衛隊を作って、ポールに通ってますよ。あ、それとときどき、ヒロミママのお母さんが手伝いに来てます」

「音楽は何流してる」

「ジャズです。ほとんどジャズですね」

 ベンジの言葉で、ぼくの想像はほぼ確信に変わりつつあった。

「そのヒロミママって、背が低い。髪はストレートで長く伸ばしてる。あ、今は違うかな。髪型変えたかな。性格はどっちかというと無口でおとなしい感じ。歳はええっと、二十歳くらい」

 今度はベンジが驚いた顔をした。

「あれ、駿さん。ヒロミママ、知ってるんですか。そう、ヒロミママはモロそんな感じです」

 もう間違いなかった。お花茶屋にある喫茶店ポールとは、ヒロミがやっている喫茶店だ。ヒロミがいつか言ってた「父がやっているお店を任せてもらう」とは、喫茶店のことだったんだ。

 その会話に、信二が割り込んできた。

「おい、駿。そのヒロミママって、織原ヒロミのことじゃないのか」

 そして信二は気づいた。

「ははあ。もしかして高校のとき、ヒロミが好きな人がいるって言ってたけど、それって、駿、おまえのことだったの」

 ぼくは照れ笑いを浮かべるしかなかった。そしてぼくは手短にヒロミのことを話した。好きだって言われたこと。帰りにときどき待ち伏せされいて、よく一緒に帰ったこと。上野公園でデートしたこと。でもそのとき、付き合えないって断ったことなどだ。ただし、自分の家でヒロミに襲いかかったことは話さなかった。あれはぼくの恥だったからだ。

 信二は笑いながら言った。

「ばかだね、おまえ。早くそれを言えばよかったのに。そしたらおれ、おまえたち応援したのに」

「しっかし、おまえ、なんでヒロミ振っちゃったの。もったいないじゃん。あんないい女」

 それから信二は、ぼくをけしかけた。

「駿。おまえ、まだ彼女いないんだろ。だったら行ってやれよ」

「ヒロミ、今でもおまえのこと待ってるぞ」


 ぼくは晩秋の上野公園での、最初で最後のデートを思った。

「先輩殿。わたし待ってますからね。ずうっと待ってますからね」

 ぼくだってあの日の夕陽とヒロミの泣き顔を、忘れたことなぞなかった。


 ヒロミ。おまえは今でも、ぼくを待っているのかい。

 ぼくが会いに来るのを、お花茶屋で待っているのかい。




                          《この物語 つづきます》




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