妻の愛を勝ち取れ/18

 今は、好きと言わなければならない。秤にかけるほど接してはいないが、好きかそうでないかと聞かれれば、やはり好きになる。伝えなければ、颯茄が意を決した時、


「俺っち、颯茄さんのことが好きっす」


 張飛は遠くを見つめたまま、プロポーズでもするようにしっかりとつぶやいた。妻は思わず驚いて、つないでいる手が震えてしまいそうになる。それを堪えて、うつむくと頬が熱くなってゆくのがわかった。


「はい。私も好きです」

「そうっすか……」


 張飛は予想外というような顔をした。


「え、何ですか?」


 なぜ、みんなそんな態度を取るのだ。


「おかしいと思ったっすよ」

「おかしいって何がですか?」

「それは教えないっす」

「えぇっ!?」


 颯茄はびっくりして飛び上がりそうになったが、張飛がしっかりと捕まえて離さなかった。


「もうちょっとこのまま捕まえててもいいすか――」

「その役目は僕なんです〜」


 地面をえぐるほど低い月命の声が不意に聞こえてきた。張飛は少しだけ表情を歪める。


「見つかっちゃったすか。早かったっすね」

「あ、月さん」

「君がたちは隠れんぼが下手みたいです〜」


 颯茄と張飛の言葉が重なった。


「どうしてですか?」

「どうしてっすか?」


 月命のヴァイオレットの瞳が片方だけご開帳した。


「いつもないところに、物があれば真っ先に疑わしいではないですか〜?」

「あはははっ!」

「やっちゃったっすね」


 颯茄と張飛はまだ手をつないだまま、大声で笑った。その二人を引き裂くように、月命は間に割って入り、仕切り直しをする。


「それでは、颯茄はまた隠れてください」

「あ、そうだったす。忘れ物っす」

「え……?」


 不思議そうな顔をしている颯茄の唇に、張飛は何気なく軽く触れて、にっこり微笑んだ。


「これで俺っちの番はすんだっす」

「はい……」


 夫たちの約束を知らない颯茄は頬を赤らめて、唇を指で触った。張飛の天色の穏やかな瞳を妻はじっと見つめたまま、ぼんやりとたち尽くす。


 十五年前に風の噂で聞いた。この男は勇猛果敢な武者で、些細なことで他人と言い争いになるような豪快な性格だと。はっきり言って、妻の好みのタイプでなかった。


 しかし、ある日突然、この屋敷へやってきて、久しぶりに会ったこの男はずいぶんと様変わりをしていた。ガッチリとした体型はすらっとした長身になり、はやしていた髭はなく、暑苦しい表情は人懐っこい柔らかなものに変わっていた。


 夫の一人が結婚したいと言って連れてきた。だから、妻はこの時初めて言葉を交わしたのだ。言葉は粋な感じで優しく、頭も切れる。策士の夫たちほどではないが。かなり違った印象を受けた。


 敵から毒を送られたとしても、前向きに捉えて、贈り物をもらったと感謝するような夫。妻の心は自然と、柔らかな太陽に干された気持ちのいいものに変わるのだ。


 陽だまりみたいな優しいキス――。


 いいムードだったが、もう一人の夫――月命が割って入った。


「よろしですか〜? 隠れんぼはまだ終わっていないんです〜」

「あ……」


 颯茄は我に返って、月命をチラッと見たが、また張飛をじっと見つめた。


「じゃあ、行ってきます」


 走り去る後ろ姿に、張飛は大きく手を振った。


「ファイトっす、颯茄さん」

「い〜ち、に〜い、さ〜ん……」


 月命の怪談話でもするようなカウントが庭に聞こえ始めた。


    *


 西の空にオレンジが混じり出した中で、芝生の上を急ぎ足で、颯茄は進んでゆく。我が家と空の境界線を見上げようとした時、妻は見つけた。


「あっ、その手があったか!」


 地球一個分ある屋敷に向かって猛ダッシュ。


「よし、ゴーゴー!」


 あと十数メートルで、家の壁に激突するところで、颯茄は気合いと根性の雄叫びを上げた。


「とりゃぁぁっっ!!!!」


 浮遊を使って、空へ舞い上がり、深緑のベルベットブーツは無事に、屋根の上にシュタッと綺麗に着地。振り返って、神がかりに整備された街並みを眺める。


「うわぁ〜! 屋根の上はやっぱり違うね〜」


 落ちないように気をつけつつ、横へと歩いてゆく。しばらく行くと、白いものが屋根の上に落ちていた。


「あれ、誰かいる?」


 寝転がるその人は、漆黒の長い髪を指先でつまんでは、空へ向かってつーっと伸ばしもてあそぶ。


「ん? あれって……孔明さん?」

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