妻の愛を勝ち取れ/17
妻はひたすら端の見えな広い庭を走り続ける。
「あと、隠れるいい場所ってどこだろう?」
キョロキョロしてみるが、木々は遠くの方にあって、性格が前倒しの彼女には、そこまでいく時間が惜しく感じられ決められないでした。しかし、
「あれ? あれ何?」
ふと速度を緩めた。
「あんなところに大きな山なんてあったかな?」
とんがり帽子みたいな山が少しだけ離れたところにあった。それは今まで眺めていた庭で見つけたことがなく、妻は歩きに変わった。
「あそこって、砂場だよね? 誰かが作ったのかな?」
芝生の弾力を感じながら近づいてゆく。
「ま、いいか。とりあえず回り込んでみよう!」
そばまでくると、人が一人余裕で隠れられる場所があった。妻はしめしめと思い、影へ回り込もうとすると、先客がいた。
「あ、張飛さん」
「颯茄さんっすか。きてよかったっす」
「こんな山って砂場にありましたっけ?」
二人で隠れても余裕で、妻の視界から屋敷はまったく見えなくなった。張飛は得意げに笑う。
「これは俺っちが作ったっす」
「え、自分が隠れるためにですか?」
今まで探している間に、せっせと掘っていたのか。ずいぶんとマメな性格だ。張飛は小さなシャベルで砂をすくいながら、
「それもあるっすけど、学校で子供たちに大きな山を見せるための練習っす」
「さすが生徒思いの先生ですね」
「照れるっす」
張飛はポリポリと頭をかいた。
「それにしても、張飛さんが隠れることができたってことは、少なくとも二百四十センチは高さがあるってことですか?」
彼の背丈は、颯茄を包み込むほど大きかった。彼女は何かから守られているような気持ちになる。
「しゃがめば半分の高さでいけるっすよ」
「それでも百二十センチ。なかなかな高さだ」
妻はただただ感心する。砂を崩れないようにこれだけ積むのだって大変だっただろう。張飛は意外と器用だったのだなと、彼女は気づいた。
「他の人は見つかったっすか?」
「だいたい見つかりました」
妻は適当に答えたが、張飛は気にした様子もなく、シャベルで山肌とトントンと整えた。
「そうっすか。なんか、勝ったような気持ちになるのが不思議っす」
砂場に隠れんぼ。妻は懐かしそうな顔をする。
「小さい頃思い出します。みんなで遊んで手をつないで帰る」
「手つなぐっすか?」
「あぁ、はい」
「帰るは今はできないっすけど」
「隠れてますからね」
手の温もりがどんどん自分の体温に変わってゆくのを感じながら、颯茄はひどくドキドキしてきた。会話も途切れて、聞こえてくるのは風の音と自分の鼓動だけ。
妻は耐えきれなくなって、
「ここの花壇、この間の日曜日に新しく花を植えたんですよ」
「そうっす。その話は夕食の時にしたっすから、知ってるっすよ」
「ああ、そうですよね」
汗をかいてしまって、颯茄は言葉をなくしたが、また耐えられなくなる。
「子供たちにも、山は見せたんですか?」
「今初めて作ったっすから、これから見せるっすよ」
「子供たち写真撮ったりするのかな?」
「するんじゃないすか? みんな携帯持ってるっすから、友達に見せるんすよ」
「ああ、そうですよね。入学式の前に携帯電話みんなに買いましたもんね」
また言葉が途切れる。手の温もりがはっきりと輪郭を持って、沈黙が落ち着きをなくす。
張飛は動かしていたシャベルを止めて、趣味の話を切り出した。
「知ってるっすか? 魔法円って元々自分の身を守るためのものだったらしいっす」
「え……?」
もしかして、気を遣ってくれている――そう気づいて、颯茄はなんとか話についていこうとした。
「そうだったんですね。じゃあ、円の中で呪文を唱えたり、儀式を行ったってことですか?」
「そうっす。そこから出ると悪魔やら、何やらに狙われて危険っすから、中から出ないように気をつけてたらしいっすよ」
「どんなふうに儀式をするんですか?」
「そうっすね……?」
張飛は少し考えてから答えてら、
「狭い魔法円の中で、コサックダンスを三回踊るっす」
「ぷっ!」
腰を落としたまま、足を伸ばしたり折ったりの、あの大変なダンス。颯茄は思わず吹き出して、声か高らかに笑い出した。
「何ですか、それ」
「儀式っていうのは、おかしなもんなんす。落ち着いて考えてみると」
「それで、本当に叶ったんですかね?」
颯茄は首を傾げた。
「俺っちは違うと思うっすよ」
「あっさりと認めますか」
吹いてたきたそよ風に、張飛の金の髪がサラサラと揺れる。
「本人のがんばりしたいで、神様が願いを叶えてくださったんすよ。儀式をすれば叶うじゃなくって、やろうという意気込みを汲んでくれたんじゃないっすか?」
「確かに、神様は優しい方ですからね」
そしてまた、言葉が途切れたが、ぎこちなさは少しだけ薄れていた。しかし、話すタイミングをつかめずに、颯茄は足元へ視線を落とそうとした。
さっきから様子がおかしいのは、結婚してから日の浅い夫でもよくわかった。張飛は颯茄の顔をのぞき込んだ。
「緊張してるっすか?」
「え……?」
「ドキドキが伝わってくるっすから」
「はは、そうですね」
この夫は最後に結婚をしていて、あまりそばにくることもなく、慣れない感が半端ない。じっくり話をしたのは一度きりで、やんちゃなイメージのわりには、落ち着いていて暖かい心を感じるような夫だった。
「寒くないっすか?」
「少しだけ」
「じゃあ、こうするっす」
「えぇっ!」
いきなり抱きしめられた颯茄はびっくりして、張飛の胸の中で驚き声を上げた。張飛は腕の力は弱めず、
「すまないっす。袈裟しか着てないんで、上着がないっすよ。だから、俺っちの体温であったかくなってほしいっす」
「ありがとうございます」
颯茄がお礼をすると、また静かになったが、さっきまでの手だけつながった、風に飛ばされそうになっている紙みたいなふわふわとした落ち着きのないものは消え去っていた。
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