好きと言わせて/3

「相変わらず、頭いいっすね」


 張飛は言いながら思う。この四人と同じ真似をするには、精巧な記憶力が必要なのだと。生まれてから今までのこと全てを覚えている記憶力。そんなもの、凡人の域ではないのだ。


「指示語で言われても、策士のお前たちにしかわからない」


 他の夫たちはただただ途方に暮れるしかなかった。


「ですから、こちらの機会に彼女に好きと言っていただくというのはいかがでしょうか?」


 月命がもう一度仕切り直して、


「えぇ、構いませんよ」

「亮ちゃん、言ってくれるかなぁ〜?」

「いいね」


 こう言った光命、孔明、焉貴――策士たちの時計は、


 十四時十分三十五秒――。


 を指していた。


「いいぜ。俺も聞きてえからよ。いい加減」


 カラになったペットボトルがぽいっと後ろに投げ捨てられると、ガタイのいい明引呼の背後ですっと消え去った。はつらつとした若草色の瞳はかなり戸惑い気味に、


「告白……なのか?」


 独健の鼻声を受けて、貴増参がにっこり微笑んだ。


「そうです。颯の告白大作戦です」


 そして、この中で一番腰の重い夕霧命の両手は軽く握られ、体に近い膝に行儀よく乗せられた。


「構わん」

「お前らの好きにしろ」


 指先全てを覆うような指輪――アーマーリングをした手を、蓮は追い払うように前に何度か押し出した。


 もちろん、月命の話はこれだけには止まらず、恐怖も裸足で逃げ出すほどの含み笑いをする。


「ですが、ただするだけではつまりませんからね〜。こちらのようにしましょう。かくれんぼをして、彼女と二人きりで隠れている間に好きと言っていただくです」

「時間制限ね」


 山吹色のボブ髪は、器用さが目立つ手でかき上げられた。ドキマギし出した独健は落ち着きなく、ローテーブルの上に飾られた花を見て、暖炉を見て、ドアを見てを始めた。


「か、考えただけで、ドキドキするんだが、どうしてだ?」


 チェック柄のズボンの足を組み替えて、貴増参はあごに人差し指と親指を当て微笑む。


「吊り橋効果の応用です。鬼に見つかるかもしれないというドキドキと、好きと言っていただけるかの緊張感。ですが、成功したら、星空みたいにキラッキラの彼女から愛の言葉が待ってます」


 紫のレースのカーテンの前にずっと立っている、マゼンダ色の髪は腰までの長さで、ストレートであるが、ふんわりと程よいカーブを描いていた。


「鬼は僕がやります〜。ですが、みなさんはよく考えて隠れてください〜。僕は彼女しか探しません。彼女がそばにこない時には、放置というお仕置きです。従って自宅で行き倒れていただきます〜」


 自分の家で餓死しろと言う。このドSな鬼は。夫たちはあきれたため息をつく。


「死なないのに、意味不明だ」


 ここは永遠の世界。この夫は、負けたがり屋のドM。混合型だった。


 はっきりとボディーラインを描く月命の白い服を、聡明な瑠璃紺色の瞳に映して、小首を傾げると、頭高くで結い上げてもなお、腰までの長さがある漆黒の髪が、葵色の絨毯にひどく妖艶ようえんに落ちた。


「ボク、チュ〜もしたいんだけどなぁ〜?」

「それでは、そちらも入れてしまいましょうか〜? 他に提案はないですか〜?」


 ムーンストーンの指輪の後ろで、ベビーピンクの口紅が塗られた唇が動いた。どうもさっきから様子がおかしい月命に、夫たちが視線を集中させた。


「ない」


 小学校教諭は、パンパンと手を叩いて、綺麗にまとめ上げる。


「もう一度確認です〜。彼女に好きと言っていただく、キスをするの目標は二つです。それでは、全員一緒に彼女を誘いに行きましょうか〜?」


 ペットボトルが手元から瞬間移動で、それぞれの望んだ場所へ去ってゆく。


 その中で、独健は戸惑い気味に、窓際に立っている月命の全身を上から下まで眺めた。


「最初から思っていたんだが、月の服を誰も突っ込まないのは罠なのか?」


 白い光沢のある服は、膝上までしか丈がなく。その下は曲線美が跪くほどの綺麗な足がのぞいている。


 アッシュグレーの鋭い眼光は、女物の細いシルバーのブレスレットとモチーフの三日月に注ぎ込んでいた。


「てめえ、どういうつもりで、それ着てんだよ?」


 少し離れた窓の前で、月命の服のスリットは腰上高くまで入り込み、悩殺全開だった。


「なぜ、そちらの服装なのでしょう?」


 甘くスパイシーな香水と光命の優雅な声が混じると、ソファーの上で横になっていた孔明がエキゾチックなこうを起こした。


「月〜、そういう趣味なの〜?」


 大理石を噛みしめるようにしっかり立っているのは、白のピンヒール。腰の低い位置で両腕を組んでいた夕霧命が、バッサリと切り捨てた。 


「意味がわからん」


 アイメイクはバッチリで、ターコイズブルーで主線を引き、ライムグリーンでまぶたを覆い、アクセントにネオンピンクを置いてあった。


 バイセクシャル複数婚だろうが驚きもしない、貴増参はにっこり微笑む。


「カンフーでお姫さまのハートをがっちりキャッチ作戦です!」

「今度の女装はそれっすか。似合ってるっすよ」


 張飛はやんちゃに微笑んで、大いに褒めた。


「チャイナドレスなのになぜ、ティアラをしている?」


 鋭利なスミレ色の瞳は、冬の日差しを後光のように浴びている、女装夫の頭の上を見ていた。ファッションに気を使う蓮からしたらミスマッチこの上ない。


 夫全員からあれこれ言われた、月命の服装は、


 白いミニのチャイナドレス。

 腰上までのスリット。

 ピンヒール。

 女性も顔負けな綺麗な化粧。

 そして、マゼンダ色の髪の上にサイズが小さめのティアラが載っていた。


「こちらは、繁礼かるれが貸してくれたんです〜」


 ヴァイオレットの瞳は邪悪さが息を潜め、本当に嬉しそうに微笑んだ。娘――子供がくれる幸せを数多く知っている教師。もう一人の数学教師のまだら模様の声が響き渡った。


「繁礼ちゃん、優しいね〜。娘からのプレゼント受け取らないわけにはいかないよね、パパとしては」

「えぇ。うふふふっ」


 焉貴のワインレッドの服が、白のチャイナドレスに近づくと、さっとしゃがみこみ、月命のミニスカートの中を下からなめるようにのぞく。


「それにしても、お前、足綺麗だね」

「僕を褒めても何も出ませんよ〜」


 月命がおどけた感じで言うと、焉貴はさっと立ち上がって、女装夫のあごに指先をそっと添えて、ホストみたいに微笑んだ。


「嘘。男だから射◯して、いっぱい出しちゃうでしょ」

「うふふふっ」


 凛とした澄んだ含み笑いが響く少し前の、策士四人の時計は、


 十四時十一分五十九秒――。


 前置きはこのくらいにして、十人全員が一斉にすうっと消え去た。冬の陽光を受けて、淡い乱反射を発しているシャンデリアの下で、ローテーブルの上に乗っている花が昼寝シエスタから目覚めた。

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