No.64:「雪奈…これは…」


「雪奈……これは……」


 しばらくして、俺はようやく声を絞り出すことができた。


「浩介君、あのね、これは浩介君のお父さんからお預かりしたものなの」


「オヤジから?」


「そう。この間の日曜日に私がカレーを持ってきて、浩介君のお父さんと3人で一緒に食べたでしょ?」


「うん、あったな」


「その時に浩介君がお父さんに言われて、コンビニにジュースを買いに行ったの覚えてる?」


「ああ。『ついでにビールも』とか言われて『高校生が買えるわけないだろ!』って言った覚えがある」


「実はその時にね……」


 その時にオヤジと雪奈のと間で、こんな会話があったらしい。


 ………………………………………………………………



「雪奈ちゃん、本当にいつもありがとう! 作ってくれるもの全部美味しくて、本当に感謝してるよ! でもあの浩介のどこがよかったの? 不愛想だし、そんなにイケメンでもないでしょ?」


「い、いえ、浩介君にはいつも助けてもらってるんです。感謝しなくちゃいけないのは、私の方なんです」


「そうなのかい? でも二人とも、とても良いお付き合いをしているのがよくわかるよ。いいお友達にも恵まれているみたいだし。最近浩介は本当に変わった。親としてとても嬉しいよ」


「はい、でもそれは浩介君がいつもまわりの皆のことを思っているからだと思います」


「そうだといいけどね……。それでね、雪奈ちゃん。一つお願いがあるんだ……実はこれを浩介に、渡してやってほしいんだ」


「手紙……ですか?……大山……美幸?」


「浩介の母親だよ。この家を出ていくときに、その手紙を僕に預けて出て行ったんだ。浩介がもう少し大人になったら、読ませてやってほしいって」


「……」


「僕は大体手紙の中身は想像できるんだ。でも今までの浩介じゃあ、まだ受け止め切れなかったと思う。でも今なら大丈夫なんじゃないかって」


「……」


「それでね、浩介がこの手紙を読むときに、浩介のそばにいてやってくれないかな? 何もしなくていい。ただそばにいてやって欲しいんだ」


「私で……いいんですか?」


「多分雪奈ちゃんじゃないと、駄目だと思う。少なくとも僕では駄目なんだよ。浩介は僕の前では、弱い自分を見せないからね。僕に迷惑をかけたくないとか思っているのかな」


「……」


「昔から浩介は本当に手のかからない子供だったけど、抱え込んで我慢するところがあるんだ。親としてはなんとかしてやりたいって、ずっと思っていたんだけど、なかなか……ね」


「……」


「特に急ぐ必要もないし、タイミングは雪奈ちゃんのタイミングでいいから。お願いできるかな?」


「はい! 分かりました! 私、絶対に浩介君のそばにいます!」


「うん、ありがとう。頼んだよ。うわっ、浩介もう戻ってきた! じゃあ雪奈ちゃん、よろしくね」


 ………………………………………………………………


「そんなことが……」


 俺は小さくため息をついた。


「あの時、おかしいと思ったんだよな。雪奈と2人でジュースを買いに行こうとしたら、『浩介一人で行ってこい』って、しつこく言ってたもんな」


「ふふっ、そうだったね」


「それで……このタイミングだと」


「浩介君」


 雪奈は真剣な眼差しで、俺を見つめた。


「浩介君が嫌なら、読まなくてもいいと思う。別に今読む必要はないだろうし。浩介君が読みたいと思う時まで、その手紙は私が持っててもいいし、あるいは浩介君が持っといてくれてもいいと思う。でもね」


 雪奈は続ける。


「浩介君のお父さんがこのタイミングで渡してくれたのって、何か意味があるような気がするの。なんていうか……浩介君を何かから解放してあげたいんじゃないかなって。それもできるだけ早く……あっ、ごめんね。なんかわかったような口きいちゃって」


「いや、いいんだ。多分その通りだから」


 雪奈は、そっと俺の手を握った。


「浩介君。私、約束する。その手紙を読むとき、私は浩介君のそばにいるから。どこにも行かない。なにがあっても、どんな時でも、どんな浩介君でも、全部受け止めるから」


 驚いたな……。

 俺の彼女は、こんなに強かったんだ。

 こんなに俺のことを思ってくれてたんだな。


 俺は深呼吸を一つした。


「今、読むよ。手紙」


 俺は封筒を、手で不器用に開け始めた。

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