No.63:バレンタインデー
そして今日は2月14日。
バレンタインデーと呼ばれている日だ。
雪奈は数日前から「頑張って本命チョコ作るからね!」と宣言していた。
その日は普通に学校がある日だったが、雪奈が「浩介君のお家で渡したい」と言ってきた。
学校の帰り、二人で俺の家に向かう。
途中コンビニで、飲み物とお菓子を買った。
二人で買い物をして、同じ家に向かう。
夫婦ってこんな感じなのか?
そんなことを思った。
2人で俺の部屋に入って、雪奈は早速大きめの箱を鞄の中から出してきた。
「はいどうぞ。自信作だよ」
雪奈はにっこりと笑顔で渡してくれた。
立派な化粧箱だ
今はこんな箱も市販されているんだな。
俺は箱を開けた。
「おおっ」
中身は、「豪華バレンタインセット」といった装いだ。
左半分は12分割されたスペースに、トリュフが1個ずつ入っている。
そして右半分には、チョコレートケーキが収められていた。
「凄いな……チョコレートケーキまで作ってくれたのか?」
「うん、そう。ガトーショコラっていうんだけどね」
早速食べてみて、と雪奈に急かされ、トリュフを一つ口に入れる。
濃厚なカカオの味が、口いっぱいに広がる。
「美味い!」
「本当? 良かったー」
「雪奈も一つ食べなよ」
「うん、じゃあ1個もらおうかな」
雪奈はトリュフを頬張ると、「んー、我ながら美味しい!」と目を細めた。
今度はガトーショコラを一口いただく。
しっとりしていて甘すぎず、これも美味い。
「どっちも本当に美味しいよ」
「本当? 良かった。頑張った甲斐があったよ」
「生まれて初めてもらった本命チョコだからな」
「えー本当かなー? あやしいなー」
「だから本当だって」
それから雪奈はもう一つ、小さめの箱を出してきて、
「これ、浩介くんのお父さんに差し上げて」
そう遠慮がちに言った。
オヤジのはしゃぐ姿を想像したら渡したくなかったが、仕方ない。
渡してやることにしよう。
俺たちは、たわいもない話をした。
ホワイトデーのお返しは何がいいか尋ねた。
雪奈は、「もう貰ってるから、何もいらない」と言った。
多分ブレスレットの事を言っているんだろう。
学校がある日は、雪奈はブレスレットをしてこない。
「もしこれを無くしたら、私死ねる自信がある」と言っていたのを思い出した。
それでも休日俺と会う時は、身につけてくれている。
あとは自分の部屋で、よく眺めてニヤニヤしているらしい。
妹さんに「お姉ちゃん気持ち悪い」とよく言われるそうだ。
「浩介君。あとね、これ……」
突然、雪奈は居住まいを正した。
目が真剣だ。
そして少し自信なさげに視線を下げる。
俺は雪奈のこの表情を知っている。
何かに怯えている時の表情だ。
どうしたんだ?
雪奈の手元を見る。
1通の封筒が握られていて、俺の前に差し出されていた。
おそらく手紙だろう。
薄いピンクの、シンプルな封筒。
雪奈らしいといえば、雪奈らしい。
俺はそれを受け取りながら、雪奈を落ち着かせるように言った。
「手紙かぁ。なんだかちょっと照れるな。本当に雪奈は律儀だな。わざわざそこまでして……」
俺の手が止まった。
全身の動きも、呼吸も、全てが止まった。
封筒の裏に書かれていた差出人の名前。
それは「桜庭雪奈」ではなかった。
『大山
母さんの名前が、そこには書かれていた。
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