No.60:無料ライブ


 俺たちはつき合い始めた。


 クリスマス明けに、いつものメンバーがファミレスに集合した。

 ただひなだけが、どうしてもアルバイトを抜けられないらしく欠席だった。

「行きたいよー」と猫のスタンプを送ってきた。


 山盛りポテトとドリンクバーを注文して、4人で話し始めた。

 こうやって友達とファミレスで過ごすというのも、俺は初めての経験だった。

 本当に俺の日常も変わったな。


 俺と雪奈がつき合い始めたことを、二人に報告した。

 竜泉寺は話を始める前から、なぜかずっとニヤニヤしていた。

 俺と雪奈は竜泉寺に、レストラン予約のお礼を言った。

 本当に有難かった、食事も美味しかった、と。


 ところがこの後、ちょっとした事実が判明する。


 クリスマスイブの日にあのレストランには、もともと竜泉寺と慎吾がずいぶん前から個室の予約を入れていたらしい。


 そこへ雪奈から、俺をイルミネーションに誘いたい、という話を聞かされた。

 それならもう一組予約しておけば、俺と雪奈が使うかもしれない。

 雰囲気を盛り上げる手助けになるかもしれない。

 竜泉寺はそう考え、俺たちのためにもう一組予約を入れておいてくれた。


 ところが雪奈は、なかなか俺を誘わなかった。

 あのタイミングが、予約をキャンセルするかどうか、ギリギリのタイミングだった。

 話を聞かされていた慎吾は、ずっとやきもきしていたらしい。


「ちょっと待って。ということは、あの日慎吾たちも、あの店にいたということか?」


「そうだよ。僕たちも全く同じ時間に、別の個室で食事をしていたんだ」


 なるほど、そういうことだったんだ。



 と、ここまではいい。

 竜泉寺と慎吾には、感謝の念に堪えない。

 オールOK、オールハッピーだ。


 問題は、この後だ。


 クリスマスディナーは、90分の入れ替え制。

 同じ時間から始まれば、当然同じような時間に終わる。

 実際慎吾たちは、会計を終えた俺達が出ていくのを、店の中から見ていたらしい。


 そこで竜泉寺が、

「あの二人、大丈夫やろか。ちょっと後ろからついて見に行かへん?」

 と言い出したそうだ。


「僕はやめようよ、って言ったんだけどね」

 慎吾は渋面を作る。


 探偵コンビの尾行さながら、二人は俺たちの後をこっそりついてきたらしい。

 もう竜泉寺の興奮度合いが、極限状態を超えて人格崩壊していたそうだ。


「うわー、雪奈、自分から手握りにいったで! やるやん! 頑張るやん!」


「雪奈、なんかスキップしてるで! どうしたんやろ? あ、なんか手首見てる! あれ、ブレスレットやな! ブレスレットもろうたんやな! ええなあ!」


「うわーー、雪奈、大山くんを木にドンって押し倒したで! 木にドンって! めっちゃ積極的! 木にドンやで! ねえ、あれ何ドンなん? 何ドン?」


「見て見て見て! 大山くん、ダウンの前のチャックを、こう開けて! チャックをこう! ほんでマフラーも一緒に巻いて! またダウンごと、上からこう抱きしめて! 上からこうやで! キザやなー! でもあれええなー! なあ、あれウチにもやって!」


「きゃぁーーーーーー、雪奈たちチューしよった! チューしよったで! 初めてのデートでチューしよった! やるなー! ウチらって、チューしたの3回目のデートやったっけ? あれ、4回目? なあ、ウチらもチューしよ」


 身振り手振りを交えながら、終始このテンションだったらしい。

 しかも竜泉寺は動画まで撮ろうとして、慎吾が全力で止めたとのことだ。





 頼む。

 お願いだ。


 誰か俺を殺してくれ。


 初めてのデート。

 そのクライマックスシーンの一部始終。

 同級生カップルに、無料ライブで提供していた。



 俺と雪奈は羞恥に打ちひしがれ、ノックアウト状態だった。

 二人とも顔を真赤にしたまま、うつ向いたままだ。

 雪奈は体をプルプルと震わせている。


「竜泉寺にはお礼に何か渡そうと思っていた。だが何か貰わないと、気がすまなくなってきたぞ」


「まあええやん、減るもんやなし。それにしても、ええもん見せてもろたわー。映画なんかより、ウチよっぽど感動したわ!」


 こいつ、全く悪びれた様子がない。

 竜泉寺にこんな出歯亀でばがめ属性があったとは……。

 京都のお嬢さまというより、ただの大阪のオバハンじゃねーか。


 そんなことで、竜泉寺も慎吾も俺たちが付き合い始めたことは、もうとっくに知っていた、


「それにしても雪奈、めっちゃ積極的やったな。いつもの雪奈じゃ考えられへん」


「だって……もん」

 雪奈は顔を赤くしたまま、小声になった。


「なんて?」


「だって、他の女の子に取られたくなかったもん」


 さすがに俺は異を唱える。


「雪奈、何言ってんだ? そんなこと、あるわけないだろう」


「もう浩介君、わかってないなぁ。だからそういうところなんだって」


 口を尖らせむくれる雪奈は、今日も美しい。


「ねえねえ、そいでどっちから告ったん? 雪奈から? 大山君から?」


 竜泉寺の追及は続く。


「えーっとね……告白したのは私から。でも、す、好きって言ってくれたのは、浩介君の方から……先に言ってくれた……」


 下を向いて小さくなっている雪奈の横で、俺まで赤面することになった。

 恥ずかしいから、やめてほしい。

 でも俺から先に好きって言ったことが、どうやら雪奈は本当に嬉しかったらしい。


「え、何? こんなん貰うたん? そりゃ落ちるわー」

「でしょー? ほんとそうなのー」

 その後二人は雪奈のブレスレットを見ながら、ガールズトークを展開していた。


 ファミレスの食事代は、竜泉寺に払わせた。

 もっと高いものを注文すればよかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る