No.59:イルミネーションの下で


 食事を終えた俺たちは、支払いを済ませた。

 一応デートだし俺が払うと言ったが、雪奈は頑として受け入れなかった。

 割り勘にしてもらったが、もちろんケーキの分は俺が払った。


「さぶっっっ」

「うわー、ねぇ見て見て! 綺麗だよ!」


 外に出た俺たちは、通りを見渡した。

 見渡す限りのイルミネーション。

 赤、青、白、オレンジ…

 無数の色使いの光が、通り全体を埋め尽くしている。


 俺はプレゼントしてもらったマフラーを、早速首に巻きつけた。


「これ、めちゃくちゃ暖かいぞ。ありがとな」


「本当? よかった。色もいい感じだね」

 雪奈も上機嫌だ。


 俺たちは駅の逆方向に向かって歩き出した。

 イルミネーションの終わりまで歩いたら、通りを渡って逆方向に戻るルートで歩くことにした。


 通りはいろんなタイプのイルミネーションで溢れていた。

 中には動物とかキャラクターの電飾もある。

 雪奈は「あれ、かわいい!」「あれはちょっと変じゃない?」と指を差しながらはしゃいていた。


 ふと、いつだったか。

 誰かの言葉を思い出した。


「好きなの? 桜庭雪奈のこと」


 誰だっけ?

 ああそうだ、岡崎七瀬だったな。

 あの時の俺は、その答えが出なかった。


 でも今は?

 となりではしゃぐ雪奈を見ると、ちょっと胸が苦しくなる。

 ずっとそばににいて欲しいと思う。

 ずっと俺のそばで、笑っていてほしいと思う。

 この気持が、その答えなのか?


 しばらく歩くと、人が増えてきた。

 さすがにクリスマスイブだからな。


「浩介君、またはぐれるとイヤだから、掴まってもいい?」


「もちろんいいぞ」


 そう言うと雪奈は自分の右手で、俺の左手を握った。


 俺は少し驚いて、雪奈の顔を見た。

 雪奈は俺を見上げて、ちょっといたずらっぽく笑った。

 そして照れくさいのか、すぐに下を向いてしまった。


 小さくて柔らかい手の感触。

 俺の心臓の音が、うるさくなった。


 手を繋いだまま、俺たちは歩く。

 なんだかお互い照れくさくて、黙ったままだった。


 雪奈は右手を繋いだまま、自分の左手首を目の高さまで持ち上げる。

 沈黙を破るように、ハートのチャームを少し揺らした。


「あー、もうっ、嬉しい! 嬉しい! 嬉しい!」


 嬉しいの大バーゲンだ。

 わざとらしく、ちょっとスキップをしている。


「気に入ってもらえてよかったよ」


「これをもらって気に入らないって言う女性は、世の中に存在しないんだよ!」


「そんなもんなのか?」


「もう私、一生分の運を使い果たしたかもしれない! 明日死んじゃうかも」


「大げさだな」


 縁起でもない。

 俺は少しだけ、雪奈がいなくなった世界を想像する。


 俺のそばに雪奈がいない。

 この弾けるような笑顔がもう見られない。

 この手のぬくもりが感じられない。

 雪奈の制服も、浴衣も、水着も、もう二度と見られない。


 そんなの、耐えられるわけねぇ。


『私はずっーと浩介君のそばにいるからね。』


 花火大会の時の、雪奈の声がよみがえる。



「ずっとそばにいてくれるんじゃなかったのか?」



「えっ?」


 雪奈は立ち止まった。

 真剣な眼差しで、俺を見上げている。



『少しは自分の気持ちに素直になったほうがいいよ、浩介。』

『頭で考えるんじゃなくってさ、ここで考えて。』



 イケメンの言葉の意味が、やっと理解できた。



「好きだ、雪奈」


「!」



 気がつくと、俺の口からそんな言葉がこぼれ落ちていた。

 雪奈が目を大きく見開いて俺を見つめている。



「……言ってくれた……ずっと……ずっと待ってた……」

 少し下を向いて、そう呟いた。


「私も好き! 浩介くんのこと、好き! 大好き!」


「うわっ、ちょっ」


 雪奈は突然両手で俺の胸にすがりついた。

 軽く押された俺は、後ずさりするしかない。


「最初に助けてくれたときから、カッコイイって思った! でもそれから! それからどんどんどんどん好きになった!」


 なんでこのタイミングでバグるの?

 雪奈はグイグイと迫ってくる。

 俺はもう後ろにさがるしかない。

 まわりの通行人が、俺たちを避けながら歩いていく。


 突然俺の背中が何かにぶつかった。

 電飾を施された街路樹がいろじゅだ。

 俺は「街路樹ドン」されてしまった。

 俺の顔のすぐ横で、青色LEDが点滅している。


「浩介くんは助けてくれた! 勉強だって! 困ったときだって! いつだって私を助けてくれた! 自分のためだって言いながら! なんでもないフリをしながら! 本当は私のために! いつだっていつだって!」


 経験上、こうなった雪奈はもう誰にも止められない。


「それに今日だって!……ここまでされて好きになるな、っていう方が無理だよ……」


 雪奈の声が小さくなる。


「浩介君、お願い」

 雪奈は俺を見上げた。



「私を、浩介くんの……彼女にして下さい……」



 そう言うと、雪奈は自分のおでこを、俺の胸の上にトンとくっつけた。



 あーあ……言わせちまった。



「雪奈、一つだけ約束してくれ」


 雪奈が潤んだ瞳で、俺を見上げる。



「ずっと俺のそばにいてくれるか? その……彼女として」



 潤んでいた瞳がますます水をたたえ、そこから一筋の雫が溢れ落ちた。


「うん……うん……ずっとそばにいるよ。約束する」


「雪奈」


 俺は雪奈の背中に手をまわして抱きしめた。

 雪奈の顔は見えないが、少し震えていた。

 顔を見ないように、しばらくそのまま抱きしめていた。



「浩介君のダウン、ちょっと冷たいかも……」

 しばらくして顔を上げながら、雪奈はそう言った。


 外は随分冷え込んできた。

 ダウンの上に涙をこぼしたままだったら、そりゃあ顔が冷たいだろう。


 俺はダウンジャケットのフロントファスナーを下げた。

 そして雪奈を抱き寄せ、マフラーの端を雪奈の首にもかけた。

 それから雪奈の肩まで自分のダウンをかけ、背中に手を回して抱きしめた。


「ありがと。あったかい……」


「俺はちょっと冷たいけどな」


「えー、そこは『俺もあったかいよ』って言ってくれないと」


「俺もあったかいよ」


「遅いよ!」


 俺のダウンジャケットに包まれながら、雪奈は俺の顔を見上げて笑っている。

 なにこれ、可愛い。

 カンガルーの親子って、こんな感じなの?


 そのとき雪奈のおでこに綿毛が落ちた瞬間、消えてなくなった。


「あっ、雪……」


 二人で空を見上げる。

 ふわふわと白い綿毛が、次から次へと落ちてくる。

 どおりで寒いはずだ。


「『雪姫』が降らせたのか?」


「そーだよ。凄いでしょ?」


「交通機関は迷惑だな」


「でもカップルには嬉しいでしょ?」


 雪奈はいたずらっぽく笑った。


 俺たちはしばらく空から落ちてくる雪を眺めていた。

 イルミネーションの光を受けて、雪もきらきらと輝いている。

 完璧なクリスマスコラボレーションだ。


「きれい……」

 雪奈は呟いた。


「雪奈の方が、ずっときれいだよ」

 俺は躊躇ちゅうちょなく口にした。


 一瞬を大きく目を見開いて俺を見上げたあと、にっこりと穏やかに笑った。


「今日は言ってくれたんだね」


「今日は言わないと、だろ?」


 ふふっ、と笑って雪奈は俺の胸に顔をうずめた。


「浩介君……好き。本当に大好き」


「雪奈」


 愛おしくて、たまらなかった。

 俺は雪奈の頬に手をそえる。

 その潤んだ口元に視線が吸い寄せられる。

 雪奈はそっと目を閉じた。

 俺は雪奈の唇に、初めてのキスを落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る