No.58:「俺がつけるよ」


「本当にいいの?」


 雪奈はまた涙目になっている。


「ああ。雪奈がそれをつけているのを、俺が見たいんだ」


「開けてもいい?」


「もちろん」


 雪奈はテーブルの上に小箱を置いた。

 ゆっくり丁寧にリボンを外して、箱を開ける。


 目を大きく見開いて、片手で口を押さえた。

 そして箱の中からブレスレットを出して、小さくかすれるような声で呟いた。


「……オープンハートだ……」


 雪奈の目から、涙が一粒こぼれ落ちた。


 それから雪奈はしばらくの間、顔を下に向けたままだった。

 時折スンッと鼻をすすっていた。


「このブランドの、このシリーズってね。すっごく有名なの」

 雪奈は鼻声のままだ。


「そうだったんだな。俺は知らなかった」


「雑誌でもよく取り上げられててね。私もよく見てた」


「そうか」


「本当に清楚で、可愛くて、憧れてて。将来好きな人にこんなの貰ったら、どんなに嬉しいだろうって、妄想してた」


「……」


「浩介君、いま私がどれだけ嬉しいか、絶対想像できないと思うよ」


 俺は何も答えられなかった。


「つけてみたらどう?」

 代わりに俺はそう答えた。


「えっ? う、うん。そうだね」


 雪奈は少し笑顔をみせて、それを左手につけようとした。

 だが、なかなかつけられない。

 よく見ると、手が震えている。


「なんか……つけられないや」


「俺がつけるよ」


「う、うん。お願いしてもいい?」


 雪奈が左手とブレスレットを、俺の方に差し出してきた。

 俺はブレスレットを雪奈の左手につけた。


 雪奈が肘を曲げて、ブレスレットを顔の横に持ってきた。

 ハート形のチャームが、雪奈の手首で揺れている。


「可愛い……」

 雪奈は泣き笑いの表情だ。


「浩介君、彼女いたことないって、絶対ウソだよね?」


「なんでそうなる?」


「だって、こんな素敵なレストランの個室で、サプライズのお誕生日ケーキに、とどめはコレだよ? もうかなりの恋愛上級者でしょ?」


「違うって。単なる偶然の積み重ねだ」


 実際本当にそうだからな。

 でも雪奈が喜んでくれた。

 こんなに喜んでくれたんだ。

 それが全てだ。


 本当かなー、と訝しげな雪奈。

 でもすぐに笑顔で、またブレスレットに視線を落とす。

 手首を振りながら「ねえ、可愛いよ」と満面の笑みだ。


 ブレスレットのハートのチャームが、キラキラと揺れている。

 そして全てを明るく照らす、太陽のような笑顔の雪奈。

 彼女を包み込んでいるその空間全体が、キラキラと輝いているようだ。


 そんな雪奈の姿を見て、俺は心臓をギュッと掴まれる感覚に陥った。

 その感覚の名前がわからなかった。

 いや、わからないふりをしていただけかもしれない。

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