No.56:「愛のチカラだね」


 メインを食べ終えて、最後のドルチェと飲み物を待っていた。

 ドルチェはティラミスらしい。


「浩介君、あのね、これ……」

 雪奈はバッグの中から、すこし大きめの袋を取り出した。


「一応クリスマスプレゼントになるのかな。気に入ってもらえると、いいんだけど……」


 俺の前に遠慮がちにその袋を差し出した。


「いいのか?」


「うん、いつものお礼。というか、これぐらいじゃ全然足りないけど」


「開けていいか?」


「うん」


 袋の中を開ける。

 俺は驚いた。


 そこにはマフラーが入っていた。

 明らかに手編みだ。


「初めて編んだから、あまり上手くできなかったかもしれないけど」


 袋からマフラーを取り出した。

 まだ驚きが冷めない。

 俺のために雪奈がマフラーを編んでくれた。

 嬉しい。素直に嬉しい。

 でも俺が驚いたのは……


「ありがとう。めちゃくちゃ嬉しいよ。でも俺がこの色を好きだって、雪奈に話したことあったっけ?」


「え? そうだったの? やったー!」


 雪奈は派手に喜んだ。


 淡い、ミルキーなエメラルドグリーン。

 サンゴ礁を囲んだ海の色。

 俺の大好きな色。

 ラッキーカラーだ。


「糸を選ぶ時にね、この色の糸に目がすぅーっと吸い込まれたんだよ。ああ、この色だって。直感で買っちゃった」


「驚いたよ」


「愛のチカラだね」


 鼻の上に皺を作って、雪奈は悪戯っぽく笑った。

 最近雪奈は、こういった冗談を照れもせずに言ってくるから対応に困る。


 確かに偶然じゃないかもしれないな。

 俺はそんな事を考えた。


「ねえ浩介君、どうしてその色が好きなの?」


「ん? ああ、昔家族で沖縄旅行に行ったんだ。多分俺が小学校低学年ぐらいかな。その時は、まだ母さんもいたんだけど」


 おれは一口、水を飲んだ。


「その時、グラスボートっていうやつ? ほら、船底がガラス張りになったボート。あれに乗ったんだ。海が本当に綺麗で、魚も色鮮やかでさ。その珊瑚の周りの海の色が、物凄く印象に残ってるんだ。その時からかな」


「そっか。家族との思い出の色なんだね」


「そうなるのかな」


「ねえ、その海にいつかまた行こうよ! 一緒に!」


「……ああ、行けるといいな」


 本当に行けるといい……そんな事を思った。



 女性の店員さんが、食後のドルチェと飲み物を運んできてくれた。

 雪奈の前に、お皿が運ばれる。


 でもそれはティラミスではなかった。


 10センチくらいの小さなホールケーキ。

 上にはホワイトチョコレートのプレートが乗っている。

 そして焦げ茶色のチョコレートで、こう書かれていた。



  Happy Birthday to Yukina !



「お誕生日、おめでとうございます」


 女性の店員さんが、にっこり笑ってそう言った。


 ………………………………………………………………


 おととい、慎吾は大きなため息をついたあと、こう続けた。


「12月24日は、桜庭さんの誕生日だよ」


「……マジで!?」


「マジで。知らないほうが驚きだよ」


 慎吾は呆れ顔で続ける。


「クリスマスイブ、桜庭さんが生まれた日は大雪が降っていたらしいんだ。それで両親は名前に『雪』の文字を入れた、っていうのは、雪姫ファンの間では有名な逸話だよ」


「初耳だぞ」


「もっと周りに興味を持とうよ」


 俺は大いに反省した。


「24日はクリスマスイブで、しかも自分の誕生日。そして桜庭さんは浩介を誘った。さすがにこの意味分かるよね、浩介?」

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