No.51:斜め上の後日談
雪奈への嫌がらせは止まった。
平和な日常が戻り、雪奈の笑顔も戻った。
たまに七瀬たちと出くわしても、視線をそらしてそのまますれ違うだけらしい。
なんだか変な感じ、と雪奈は話していた。
「また浩介君が助けてくれたんだね」
雪奈は聞いてきた。
「俺は特に何も。やったとしても俺自身のためにやったことだ。前にも言ったよな?」
雪奈には内緒にしてほしいと、ひなには口止めしておいた。
慎吾には経緯を全部報告した上で、同じように口止めを頼んだ。
「ううん、ひながね、『詳しく言えないけど、またコースケが助けてくれたんだよ』って」
あいつ……おしゃべりだな。
まあ全部内緒にはできないだろうな。
「ありがとう、浩介君。いつも助けてくれて」
穏やかな目で、俺を見上げる。
「助けてもらうばっかりで、私……なんにもお返しできてないや……」
雪奈は悲しげにうつむいた。
「お返しなら、もらってるぞ」
「えっ?」
「雪奈は俺の日常を変えてくれた。雪奈が学校で俺を見つけてくれたからだ。毎日みんなで昼食を食べるなんて、今までの俺では考えられなかった。それに」
俺は雪奈の顔を見て言った。
「雪奈の笑顔はいつも俺の力になるんだよ。だから笑っていてくれ」
「……もう……そういうところだよ」
雪奈は下を向いてしまった。
「本当にありがとう、浩介君。感謝してる」
顔を上げた雪奈の笑顔は、いつも以上に優しかった。
このまま何もなく時間が過ぎていくと思っていた。
ところがこの件には、ちょっとした予想外の後日談が待っていた。
………………………………………………………………
12月2日。
その日は朝から、学校の職員室が騒がしくなった。
12月1日未明、水野隆行が麻薬取締法違反の疑いで逮捕された。
隆行は以前から麻薬常習・売人の重要人物として、警察にマークされていたらしい。
深夜、いつものクラブに捜査員十数名がガサ入れに入った。
VIPルームにいた隆行は、パーティーピルの他に数種類の覚醒剤、MDMA等を所持していた。
その後自宅にも家宅捜査が入った。
1日の夕方には、隆行逮捕のニュースはメディアでも報じられた。
俺もネットのニュースでそれを知った。
学校はメディア対応に追われた。
隆行は聖クラークOBだ。
一応地元でもっとも偏差値の高い私立高校だ。
そこのOBということで、世間の注目度も高かった。
高校の時の素行はどうだったかという、問い合わせがかなりあったようだ。
実際学校の正門前でも、取材陣を何人か見かけた。
警察のガサ入れの時、岡崎七瀬はVIPルームで隆行と一緒にいた。
当然警察まで一緒に連れて行かれた。
薬物検査の結果、陽性反応は出なかったらしい。
警察でこってり絞られた後、親呼び出しとなった。
たまたまその日、夜遅く帰宅していた七瀬の父親が、警察まで迎えに行った。
七瀬の父親、岡崎厳一の怒り具合は、尋常じゃなかったそうだ。
警察に補導された七瀬は、学校を1週間の謹慎処分となった。
薬物反応が出ていたら、おそらく退学は免れなかっただろう。
ところがである。
その七瀬の父親、岡崎厳一のその後の行動が、我々の想像のはるか斜め上を行くものだった。
岡崎厳一は、七瀬を即刻転校させてしまったのだ。
それも転校先は、冬場は豪雪で有名な山奥にある、全寮制の女子校だ。
あと3ヶ月で卒業なのに何で?と思っていたら、なんと1年落第させたらしい。
つまり俺達と同学年だ。
もともと厳一は、普段の七瀬の素行を気にしていた。
七瀬は卒業したら厳一の会社に就職するつもりだった。
進学するつもりなどさらさらなかったので、勉強もせず成績も良くなかった。
そして薄々、夜になると七瀬が遊び歩いていることも知っていた。
このまま七瀬を会社に入れたら、周りにも七瀬自身にも良くないのではないか。
厳一はそのことをずっと危惧していた。
その矢先にこの事件である。
堪忍袋の緒が切れた厳一は、
「もう一度2年生からやり直せ! 勉強だけに集中して、心を入れ替えたら戻ってこい。もし変わらなかったら、その時は親子の縁を切る!」
そこまで言いきって、七瀬を家から追い出したそうだ。
評判通りの、立派な父親である。
親の心子知らずとはこのことだ。
七瀬の転校先の女子校は周りには何もない環境で、人間よりもタヌキの方が多いと聞く。
お店も学校の前にコンビニが一軒あるだけ。
買い物ができる一番近い大型ショッピングモールまでは、車で45分。
監視体制も厳しく、脱走はほぼ不可能らしい。
ほとんど刑務所だな。
そんな環境での全寮制の女子高。
ウワサでは、生徒間の百合率がかなり高いそうだ。
そこへあのセクシー系美人の七瀬が行けば、それはそれはモテるだろう。
そういえば、3人で経験ありって言ってたな。
てことは、そっちもイケるってこと?
卒業の時、七瀬は変わっているだろうか。
親の期待通りに変わっているだろうか。
まあ、あまり興味はないが。
「結局俺たちがやった事って、意味がなかったのか?」
朝、電車を降りて学校へ向かう途中。
俺はシンプルな疑問を口にした。
「意味があったにきまってるじゃないか」
横で茶髪のイケメンが答える。
「でも何もしなくてたって、隆行は逮捕されて七瀬は転校したかもしれないんだぞ」
「それはあくまでも結果だよ。それとも」
慎吾は俺の顔をみる。
「浩介は結果がすべて、って考えるわけ?
慎吾の言葉を咀嚼する。
あの時、俺は本気で雪奈を守りたいと思った。
慎吾と竜泉寺が協力してくれた。
ひなの思いを受け取った。
ほとんど寝ずに小道具を作った。
そして七瀬と対峙した。
それが全部、意味が無かったかって?
いや……違うな。
「たまにはいいこと言うな、慎吾」
「「たまに」は酷いんじゃない?」
お互い顔を見合わせて笑った。
この笑顔だって、「一見意味のないことの積み重ね」の延長線上にあるのかもしれない。
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