No.50:風よ吹け


「もちろんタダで、とは言いませんよ。先輩」


 俺はポケットから、プラスチックケースを取り出す。


「はいこれ。差し上げます」


 七瀬の視線が、途端に柔らかくなった。

 彼女は俺の手から、Pジェネのサイン入りCDを奪い取る。


「それは俺がカルメリで20万円で購入したものです」


「20万?!」

 七瀬は目を見開いた。


「カルメリでまだSoldで表示されてますから、確認できますよ。シリアルナンバーも確認済みです」


 七瀬はCDを見つめたままだ。

 もうそこにしか興味がなさそうだ。

 20万円の出費は痛いが、雪奈の笑顔のためなら安いものだ。

 それにトレードですぐに取り返せる自信もある。


「Pジェネはこれから海外展開も視野に入れてます。この先もっと人気がでるでしょう。そのCDも値段がどんどん上がっていくのは明らかですよ」


 七瀬の口角が、少し上がったような気がした。


「今売ってもよし、値段が上がるのを待ってもよし。あるいは友達に自慢するにもいいアイテムです」


 クラブに行くにしたって、洋服代とか金もかかるだろう。

 七瀬にとって、こういったアイテムは助かるはずだ。


 3秒ほど考えた後、「ふーん」と七瀬は気のない声を出した。


「そーね。しょーがないから、もらってあげるわ」


「それじゃあ取引成立ということで」


「なんでここまでするわけ?」


 七瀬は横目で俺を見上げる。


「あんた、雪姫の彼氏?」


「いえ、違いますよ」


「じゃあ好きなの? 桜庭雪奈のこと」


 質問の意味をもう1度反芻する。

 雪奈のことを好きか、という質問。


 俺は……雪奈のことが好き……なのか?


 答えが出なかった。

 俺は分からなかった。

 黙ったままだった。


「ま、どーでもいいけど。興味ないし」


 七瀬が思考をさえぎる。


「じゃあこれ、もらっとくね。あーアコもマリアもタカユキも、私が言わなければ大丈夫だから。そんじゃね」


 七瀬の目は既に完全に円マークになっている。

 どーしよっかなー、売ろうかなーとか呟いている。


 俺は七瀬のうしろ姿を見ていた。

 歩くたびにスカートが左右に揺れる。

 でもスカートの中身がギリ見えそうで見えない。


 俺は風よ吹け、と念じた。

 すると風が吹き、七瀬のスカートをめくりあげた。


 黒のレース。

 しかも横の部分がヒモになっている。

 とてもえっちなやつだ。

 さすが上級生は違う。


 しかし念じたら風が吹いたぞ。

 なんという高等技術だろうか。

 実用新案登録するには、どうすればいい?


 俺はひとつ深呼吸して、教室へ戻る。

 屋上のドアを開けたところで、一人の小柄な女子生徒と鉢合わせをした。


 見た目は子ども、お胸は大人。

 ツインテールの山野ひなだ。


「ひな?」


「ご、ごめん……なんだか気になっちゃって」


「なんでここに?」


「昼休みなのにコースケが屋上へ上がっていくのが見えたんだ。その後すぐに岡崎先輩が上がっていくのが見えたから……」


「あーそういう……岡崎先輩と鉢合わせしなかったか?」


「ドアの陰に隠れてたから、気づかれなかったよ」


「……聞いてたのか?」


「……うん」


「全部?」


「……うん。全部、終わったんだよね?」


「ああ、終わった、と思う。もう大丈夫だろ」


 マジモードのひなは、俺の顔を見上げる。


「コースケ、ありがとう。また雪奈を助けてくれた」

 俺の目を見ていた視線が、すこし下がる。


「それと、ごめんね……。酷いこと、いっぱい言っちゃって」

 ひなの瞳に膜が張る。


「ひなは何もできなかった。偉そうなことばかり言って。でもコースケは雪奈を本当に心配して。真っ先に自分から動いて、体を張って助けてくれた。誰にもできないことをやってくれた。なのにひなは」

 ひなの声は震えていた。


「いいって」

 俺は努めて明るく言った。


「ひなが雪奈のことを本当に心配していることは伝わったぞ。それが力にもなった。それに慎吾も竜泉寺も力を貸してくれた。今回のこれは、みんなの思いがあったからできたんだと思ってる」


 そう言うと、ひなは大粒の涙を流し始めた。

 俺はひなの頭にポンと手のひらを乗せた。


「お前、本当にいいやつだな」


「うっさい! だから被害者を増やすな!」


「どーゆーこと?」


「なんでもないわよ! バカ!」


 巨乳ロリに罵倒された。

 なかなか泣き止まないひなの頭を、俺は昼休みが終わるギリギリまで撫で続けるはめになった。

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