No.46:54時間


 時計の針を、金曜日の25時に戻す。


 1つ目の小道具をカルメリで19万8千円で購入した後、俺は2つ目の小道具作成に着手した。


 それはスマホを乗っ取るハックするためのマルウェア。

 コンピューターウイルスの一種だ。


 証拠を掴むための一番の近道は、七瀬のスマホの中身を見ることだろう。

 スマホの中に情報が集約されているはずだ。

 もちろん直接会って「スマホを見せてくれ」という訳にはいかない。


 俺は七瀬に直接アプローチしてスマホをマルウェアに感染させ、情報を引き出そうと考えた。

 それが一番確実で、時間的にも最短の方法だと考えたからだ。


 マルウェア自体は、ネットにいくらでも落ちている。

 ただ、ほとんど全てのものは使い物にならない。

 スマホのセキュリティアプリに引っかかるからだ。


 今までにないシグネチャパターンと動作パターンのマルウェアが必要になる。

「手作り」するしかない。


 俺はプログラミングは得意だが、ネットワーク系は素人だ。

 俺は検索しまくって作業を進めたが、これが困難を極めた。


 そもそも検索しても、日本語では参考になるものがほとんどヒットしない。

 英語でもそれほど多くなかった。


 一番参考になったのは、ロシア語のサイトだ。

 当然俺はロシア語はできない。

 翻訳サイトを使いながらの作業になった。


 特にこだわったのが、感染させるときに確認メッセージが出ないように細工することだ。

 これが出てしまうと、簡単に怪しまれてしまう。


 トイレと軽食の時間を除き、30時間ぶっ通しで作業をつづけた。

 一応それらしいものが出来上がった。


 七瀬のスマホはリンゴのロゴでお馴染みのアイポンという機種だ。

 幸いなことに、俺と同じ機種。

 俺のスマホでテストができる。


 テストを始めたが、マルウェアは全く作動しなかった。

 俺はスクリプトを再度確認したが、問題はないはずだ。

 検索しても、それ以上の情報は拾えなかった。


 コンピューターの世界では、こういったことはよくある。

 ロジックは一見あっている。でもプログラムが走らない。


 仕方ない。

 トライアル&エラーで、1件ずつしらみつぶしに確認していこう。


 俺は2時間仮眠して、作業を再開した。

 おそらくパラメータとループの組み合わせのミスマッチ。

 考えられる組み合わせを、エクセルでオートフィルを使いながら全て書き出した。


 組み合わせは2,000通り以上。

 そこから明らかに違うと思われるものを削除する。

 それでも1,500通り以上になる。


 1件ずつ確認していく。

 スクリプトを変更して保存→スマホへ転送→PCでの確認。

 それの繰り返しだ。


 とにかく延々と作業を続けた。

 意識がもうろうとしてきた。

 そのたびに雪奈の顔を思い出し、気持ちを奮い立たせた。


 やってもやっても、結果がでない。

 今までなんでもやれば結果がついてきた俺には、初めての経験だった。


 とにかく機械的に作業を繰り返す。

 1,000件はとっくに超えている。


 ひょっとしたら、不具合の箇所はここじゃないのか?

 そんな疑心暗鬼に陥る。

 もしそうであれば、確認作業はどれだけ時間がかかるんだろう。

 数日? いや、数週間?

 想像もつかない。


 いつのまにか、時刻は月曜日の朝6時。

 7時半には、家を出ないといけない。

 シャワーを浴びる時間も必要だ。


 間に合わないかもしれない。

 俺は焦る。

 間に合わない場合どうする?

 学校に行って、帰ってきてから作業を再開するのか。

 それとも学校を休んで、作業を続けるか。

 1日でも早い方がいい。

 ヤツらが次に、何かを仕掛けてくる前に。


 思考回路が止まりそうな中、突然モニター画面がいつもと違う反応をする。

 エラーメッセージが出てこない。

 エミュレーターソフトのウィンドウは、真っ黒のままだ。

 5秒たった。


 すると俺のスマホのホーム画面が、突然ウィンドウの中に浮かび上がった。


「あれ?」

 俺はそんな呆けた声を出していた。


 なんで俺のスマホ画面がモニターに映ってんの?

 そんなことを考えてながら、モニターを呆然と眺めていた。


 2つ目の小道具は完成した。

 本当にギリギリのタイミングだった。

 俺はこの54時間を、仮眠2時間とカップラーメン3個と、オヤジが買ってきてくれたテイクアウトの牛丼2つで乗り切った。

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