No.41:「長くは続かない」


 翌日の金曜日。


 朝方は何も起こらなかった。

 見張りの教員が1名、昇降口のところに立っていた。

 雪奈は新しい上履きを履いていた。


 いつも通り、5人で昼休みに食事をした。

 平和な昼休みだ。

 バカ話で盛り上がった。

 週末お天気になるといいね、そんな話をしていた。

 雪奈も笑顔だった。


 最後の6限目の授業も終わった。

 帰り支度をしていると、スマホが震えた。

 長いバイブレーション。

 音声通話だ。

 ディスプレイには「ひな」と表示されている。


「どうした?」


「いますぐ雪奈のクラスに来て!」

 ひなが叫んだ。


 俺は廊下を走り、階段を駆け上がる。

 雪奈のクラスは、一つ上の階だ。


 教室の中に入ると、雪奈とひなが座っていた。

 雪奈は体操服を着ている。

 おそらく6限目が体育の時間だったんだろう。


「何かあったのか?」


「これ……」


 ひなが指差す先には、制服のスカートがあった。

 雪奈のものだろう。

 だがそれは無残な姿に変わっていた。


 鋭利なナイフかハサミで、ズタズタに切り刻まれていた。


「しまった……」


 体育授業中の着替えか。

 盲点だった。

 しかもこの学校の防犯カメラは、校舎の中には設置されていない。

 目撃者がいない限り、犯人を特定するのは難しいだろう。

 全く抜け目のない奴らだ。


「ひでえことしやがる!」

 俺は拳を強く握った。


 雪奈は目にいっぱい涙を溜めている。

 今にもこぼれ落ちそうだ。


「どうして……こんなことに……」

 そう呟くのが精一杯だ。


 ちょうどその時、廊下から声が聞こえた。

 女子生徒3人組が通り過ぎてゆく。

 3人ともこちらの様子に気がついたようで、ちらっと視線をよこした。


 真ん中の茶髪ストレートが、フッと笑ったような気がした。


 3人の女子生徒は、そのまま話をしながら通り過ぎていく。

 ひなが立ち上がって追っかけようとするのを、俺は止める。


「絶対あいつらだよ! 岡崎七瀬! 今見たでしょ? こっち向いて笑ったの!」


「あの……真ん中にいたのが、岡崎か?」


「そうだよ! あとの2人は、その子分!」


 あの茶髪ストレート……たしか手紙が入れられた日も、階段のところにいたな。

 まあ奴らで間違いないだろう。


「ひな、追っかけてあいつら問い詰めてくるよ! 絶対あいつらだって!」


「やめとけ。証拠がない」


「証拠って……」


「校舎内に監視カメラがないことを知ってて、雪奈の体育時間中に教室に忍び込んだ。そして雪奈が身につけるもの傷つける。やリ方がものすごくて手慣れている。とても尻尾を出すとは思えない」


「コースケ……コースケは悔しくないわけ?」

 ひなはもう涙を流している。


「雪奈がこんな目にあって! スカートまでこんなにされて! 悔しくないの?! 何よ、さっきから偉そうに理屈ばっかり! 助けようとか思わないわけ?! それでも友達?! あいつらこっち見て笑ってたの見たでしょ?! なんとも思わないの?! 見損な」

「そんなもん悔しいにきまってんだろーが!!!」


「ひっ……」

「浩介君……」


 俺は校舎中に響き渡る大声で叫んでいた。

 やべえ。


「すまない……大声だしちまった」


「う、ううん。ひなの方こそ、ごめん」


 とりあえず口論している場合じゃないな。


「とりあえずここから動こう。雪奈、立てるか?」


「うん、大丈夫」


 それから俺たち3人は職員室へ行って、一連の報告をした。

 雪奈の担任も、頭を抱えていた。

 当面は体育の授業の時は、着替えも持って出た方がいいかもしれない、ということになった。

 まったく根本的な解決方法になっていないが、とりあえずの対処療法だ。


 俺は雪奈を家まで送ることにした。

 ひなは今日バイトで、おれたちと逆方向だ。

 駅まで雪奈と二人で歩く。


 体操服姿の雪奈は、ちょっと目立っていた。


 電車の中で俺と雪奈は隣同士で座った。

 体操服でも雪奈は愛らしかった。

 やはり元気はなかったが。


「こんな事、いつまで続くのかなぁ」

 雪奈はごちる。


「長くは続かないぞ」

 俺は前を向いたまま言った。


「えっ……」

 雪奈が俺の顔を見た。


 俺は雪奈の目を正面から見て、もう一度きっぱりと言った。



「長くは続かない」



 雪奈の瞳が一瞬揺れた。

 なにか言いたそうだった。

 結局「うん」と一言だけ呟いた。


 電車を降りて、雪奈の家まで一緒に歩いた。

 雪奈は少し元気になっていたような気がした。


 雪奈が家に入っていくのを確認して、俺は背を向けて歩き出す。

 歩きながらスマホの電話帳から一人選んで、タップした。


「おー珍しいねー。浩介の方から音声通話なんて」


 諜報部員は、2コールで出た。


「慎吾、悪いが試験の時の借りを今返してほしい」


 一瞬、慎吾が空気を読んだ気がした。



「友達を助けたい。力を貸してくれ」



 フフッと小声で笑ったのが聞こえた。


「もちろん! 任せてよ!」

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