No.35:「あーん、する?」


「どうする?……あーん、する?」

 ニヤニヤとちょっと悪い笑顔を浮かべながら、雪奈が聞いてきた。


「まったく……ひなの悪影響か?」


「だって……胸触られるのは恥ずかしいもん」

 ……顔を赤くするぐらいだったら、言わなきゃいいのに。


「いろいろ聞こえてたんだな……頼む、これ以上俺の熱を上げないでくれ」


 俺はゆっくりと起き上がる。

 ベッドの上に座り、持ってきてくれたトレイを眺める。


 トレイの真ん中に、おかゆがあった。

 花かつおとネギが散らしてある。

 その横には……


「これは……だし巻き卵?」


「そう。丸いフライパンしかなかったから、形はオムレツみたいだけどね。あ、冷蔵庫の中にあった和風ダシ、使わせてもらったよ」


 綺麗に巻かれた卵焼きの上に、大根おろしがかかっている。

「味が薄いから、お醤油かけてね」と隣の醤油差しを指差した。


 それからデザート用に買ってきてくれたんだろう。

 ヨーグルトがあった。

 あとは水と薬も持ってきてくれていた。


「薬はキッチンのテーブルの上にあったから、そのまま持ってきたよ」


 雪奈は俺の横で、ベッドの上に座っている。


「ああ、ありがとう。助かる」


 俺は早速スプーンでおかゆを掬い、自分でふーふーして口にいれた。


「ああ、うまい」


 ほんのり塩味だが、かつお節の風味がきいている。

 体があったまる。


 だし巻き卵の上から醤油をかけ、箸で少し切って口にいれた。


「おおっ、これも美味しいな」


「風邪の時はタンパク質も摂らないといけないから、作ってみたの。味、変じゃない?」


「ああ、美味いよ。甘さもちょうどいい」


「そう、よかった」


 両方とも味付けが最高だ。

 なにより体調の悪い俺を気遣ってくれたのがわかる、やさしい味だ。

 俺は思っていたよりも空腹だったようで、夢中でかき込んだ。


 デザートのヨーグルトを完食したところで、

「ふーーぅ、ご馳走様。全部美味しかったよ」


「ありがと。お粗末様でした」


 雪奈は立ち上がり、「お薬飲んどいてね」と薬とコップをテーブルの上において、トレイをキッチンへ持って行った。

 多分洗ってくれるんだろうな。


 俺は薬を飲んで、またベッドの中に潜り込んだ。

 今、俺の家で雪奈と二人きりだ。

 でもなんだか思っていたほど、緊張していない。

 あの花火大会の後からだろうか。

 雪奈と二人でいても、なんだか落ち着いている自分にちょっと驚いている。

 学校一の美少女だっていうのにな。


 再びコンコンとノックの音。

「入ってまーす」と言うと、「もう、なんでよー」と外で笑っている。


 ドアを開けて雪奈が入ってきて、俺のすぐ横の床の上に座った。

 ベッドの上に片肘をついて、頬杖をつく。

 二人の顔の距離は、約45センチ。

 少し首をかしげて俺を見下ろす雪奈は、控えめに言って聖母だ。


「子守歌でも歌おうか?」


「ロック調で頼む」


「じゃあアルゴリズムで歌うよ」


 俺は噴き出した。

 二人共笑った。


 それから雪奈は部屋を見渡して、難しそうな本だねーとか、モニターたくさんあるんだねとか、たわいもない話をして、俺の気を紛らわしてくれた。


 俺が株式トレードをやっている話もした。

 具体的な金額は言わなかったが、雪奈は「すごいね。なんだか難しそうだけど」とだけ言っていた。


 薬が効いてきたんだろうか。

 俺は急に眠たくなってきた。

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