No.31:神社の階段で


 階段に腰かけ、俺は焼きそば、雪奈はお好み焼きを食べ始めた。

 ここまで歩いて、二人とも結構お腹が空いていた。


 俺は焼きそばを食べ終えて、お茶を飲みながら階段を見下ろした。

 いつのまにか、人が増えていた。

 みんなポツンポツンと等間隔に間を空けながら座っている。

 家族連れもいるが、ほとんどがカップルだった。


「そろそろ始まるよ」

 そう雪奈が言い終えた瞬間、正面にオレンジ色の光がスーっと上がって、ドーンという音とともに大きな大輪がはじけた。


「わーー」と雪奈も歓声を上げる。

 それを皮切りに色とりどりの花火が、どんどん打ち上がる。

 大小様々な大きさと形。

 次々と色を変化させていく花火の迫力に、俺たちは圧倒されていた。

 雪奈は時折、「今のきれい!」「あ、今のハートの形だったよ」と興奮気味だ。


 打ち上げ場所から離れているので、花火と一緒に流れている音楽はほとんど聞こえない。

 でもそんなことは関係なかった。

 なにしろ真正面で花火の全容が見られるのだ。

 特等席で、俺たちは花火を堪能していた。


 長めの激しい連続花火が終わった後、辺りは静かになった。


「ここで前半が終了だね」


 花火大会は前半と後半に分かれていて、あいだに15分の休憩があるらしい。

 二人とも「凄かったね」といろいろ感想を言いながら、ペットボトルのお茶を飲む。


 もうそろそろ後半が始まるかという時。


「浩介君、女の子から告白されたこととかある?」


「いきなりだな。いやあるわけがない。あり得んだろ」


「そんなことないってー。頭いいしさー。隠れイケメンだしさー」


「なんだかノリがひなみたいだぞ」


「そこまで巨乳じゃないよ」


「別にそこはこだわらなくてもいいだろ」


「もうー。でもさ、もしもだよ。その……浩介君の好きなタイプの女の子から告白されたら、どうする?」


 雪奈は笑顔だが、なんだか声がちょっと心配そうだ。


 俺は頭を回す。だめだ、最適解が見つからない。


「逃げる、かな」


 俺は声を絞りだした。


「……逃げる?」


「分からない事が怖いから」


「……?」


「うーん、まず女の子と付き合うってどういうことかわからない。その子とどうなりたいかってことも分からない。それにその先、何かが犠牲に……」


 俺は言葉に詰まる。


「……浩介君?」


「すまない。この話は終わりにしていいか?」


「う、うん」


「上手く言葉にできないんだ」


「そんなことないよ。私の方こそ、ごめんね。なんだかずけずけと、聞いちゃって」


 本当にごめんね、と雪奈は下を向いてしまった。

 ちょっと泣きそうな表情だ。


「気にしないでくれ。ところで、そろそろ後半が始まる時間だよな」


 俺は話題をかえようとしたが……


「浩介君」


「ん? なんだ?」


「私はそばにいるからね」


「……えっ?」


「浩介君がいやだって言わない限り、私はずっーと浩介君のそばにいるからね」


 雪奈は顔を上げた。

 穏やかな表情だ。

 だけど目が緩やかに潤んでいる。


「だって……私たち、友達でしょ?」

 ずっと俺の目を見据えたまま、そう言った。


 まいったな……。

 浴衣の女神は、機微きびさといようだ。


 その瞬間。

 ドーンという音とともに、夜空がオレンジ色に染まる。


「おっ」

「後半が始まったね」


 後半最初の連発花火が始まった。

 音楽が聞こえれば、もっといいのにね、と雪奈の声が弾んだ。


 花火を見ながら、俺はさっきの雪奈の言葉を反芻する。


『私はずっーと浩介君のそばにいるからね。』


 ずるいぞ。

 その言葉はキラーワードだ。

 でもそんなこと、誰にも分からないじゃないか。


 俺たちは、それから花火に集中した。

 時折雪奈は、「あの花火、新作だよ」「あんな色、見たの初めて」とはしゃいでいた。


 彼女の気持ちもわからない。

 俺の気持ちだって分からない。

 それでも。


 雪奈はこんな俺に、寄り添おうとしてくれている。

 こんな俺を、理解しようとしてくれている。


 それが分かっただけで、俺の心は温かくなった。


 花火は終盤を迎えていた。


 フィナーレの盛大な連続花火の後、最後の大玉が弾ける。


 大きな破裂音のあと、チリチリとオレンジ色の光が夜空全体を埋め尽くした。


「わぁー……きれい……」


 そうつぶやく彼女の横顔を見ていた。


 長い睫毛。

 瞳に映るオレンジ色の光。

 整った鼻筋。

 小さくて可愛らしい耳。

 女性らしい、うなじのライン。



 雪奈の方が、ずっときれいだ。



 言葉が口からこぼれそうになったところで、雪奈と目が合った。

 不思議そうに俺を見つめ、首をこてん、とかしげる。


「いや、今ちょっとベタな事を言おうとしたけど、やめとくよ」

 俺は笑って、そうごまかした。


 雪奈は少し考えたそぶりを見せたあと、急に下を向いて頬を紅潮させる。


「い、言わなくていいよ。聞いちゃったら、また顔見れなくなるから」


 周りのカップルは立ち上がり、帰り支度をしている。

 俺たちはまだしばらく座ったまま、花火の余韻に浸っていた。

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