No.30:今日はこのまま別行動ね。


 しばらくすると、前を歩いていた慎吾たちが立ち止まった。


「ちょっと俺たち食べ物を見ていきたいから、少しだけ別行動しよう。15分後にまたここに集合ね」


「おう、わかった」


 別行動となり、俺と雪奈は屋台を見てまわることにした。

 雪奈が風船釣りがしたいと言うので、一緒にやってみた。

 二人とも最初の風船を釣りあげようとして、簡単にこよりが切れてしまった。

 あれは絶対にトイレットペーパーで作ってあったぞ。


 オマケでもらった水風船を一個ずつもらって、歩き出した。

 その時、スマホがブルッと震える。


 慎吾:今日はこのまま別行動ね。楽しんでー。


「ふざけやがって……」


 絶対最初からそのつもりだったんだろうな。

 横で雪奈もスマホを見ながら、「えー、もうー」と唸っている。

 竜泉寺からも、同時に送信されたようだ。


「そういうことだ。すっかりハメられたな」

 二人で顔を見合わせる。


「どうする? 二人でまわるか?」


「うん……私はそれでいいよ」

 雪奈の笑顔に、俺は安堵する。


 今度は食べ物を見てまわった。

 焼きそばとお好み焼きをひとつずつ買った。

 俺がリンゴ飴は?と聞くと、首を横に振った。

 どうやら浴衣の帯がきつくて、食欲があまりないらしい。


「さてと、こりゃ場所取りも大変だな。できれば座って見たいし」


「うん、そうだね……ねえ浩介君、ちょっと歩けるかな?」


「ん? おれは大丈夫だ」


「ここから10分ぐらい。もしかしたら穴場があるかもしれないんだ」


「雪奈は大丈夫か? 歩くと足が痛いだろ?」


「ううん、大丈夫。歩くかもしれないと思って、下駄じゃなくて草履を履いてきたから」


 なんとも準備がいいことだ。

「こっちだよ」と雪奈に先導され、俺はついていく。

 高台に向かって、緩やかな上り坂が続いた。

 しばらくすると、正面に鳥居があらわれた。

 神社だ。

 そして鳥居の下から上に向かって、長い階段が見える。


「ここの階段の上からの眺めがいいんだよ」


「よくこんな穴場、知ってたな」


「昔小さい頃にね、両親と一緒に来たことがあるの。その時はまだちっちゃかったから、花火がよく見えないでしょ? だから少し離れたところでもいいから、よく見えるところの方がいいって、お父さんがここへ連れてきてくれたんだ」


 今でもまだ残っていてくれてよかった、と雪奈は屈託なく笑う。



「雪奈は……両親に愛されてるんだな」



「えっ?」


「なんでもない。とりあえず上に登ろう。こりゃ階段がきついな」

 俺は先を急いだ。


 この階段、それほど急ではない。

 だが、手すりが無いのだ。

 浴衣着の雪奈に手すり無しの階段は、ちょっときつい。

 お年寄りだったら、絶対に無理だろう。


「手を貸そうか?」

 俺は左手を差し出す。


 雪奈は一瞬はっと目を見張ったが、

「ありがと……」

 と俺の手を掴んだ。


 小さくて柔らかい。

 心なしか熱を帯びたその手をとったまま、俺は雪奈と一緒に階段を上った。


 階段を上り切り、俺たちは「着いたー」「やったぁ」と声を上げる。

 そこで振り返った俺は、思わず声を漏らした。


「おおっ、すげー」

「ね! いいでしょ?」


 高台の上から街を一望できて、ちょっとした夜景も楽しめる。

 なにより、花火が打ち上がる河川敷まで障害物が何もない。

 花火見物には、絶好のポイントだ。


「早めに来てよかったよ。もうちょっとしたら、人が結構集まってくると思う」


「そうなんだな。じゃあ今のうちに、特等席を確保しておこう」


 俺たちは階段の一番上の段に陣取ることにした。

 俺は背中のリュックをおろす。

 中から折り畳み式のクッション2つと、ペットボトルのお茶を2本取り出した。

 電車に乗る前に、100均で買ったものだ。


「浩介君、準備いいねー」と雪奈に関心されてしまった。

 慎吾に『僕は葵ちゃんの分を買っていくから、浩介は桜庭さんの分を買ってきて』と言われたことは、内緒にしておく。

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