No.27:「私だって……名前で……呼んでほしい……」


 翌朝、俺は電車を降りて、学校へ向かって歩いていた。

 昨日のニューヨークマーケットの大幅下落について、ぼーっと考えていた。


 今日の東京マーケットで、俺のプログラムはどう動くのか。

 ギャップダウンから戻ったところで空売りを仕掛けるのか。

 それとも売り一巡したところで買いで入るのか。

 もっともマーケットが始まったら、判断するのは俺じゃなくてプログラムなんだが……。

 そんなことを考えていると、


「コースケ、おはよー」


 と声がかかる。

 ひなだ。

 隣に桜庭もいる。


 そう言えば昨日の帰り際、

「今日会ったことは、雪奈には内緒ね」って言われたんだっけ。

 まあそうしないと、桜庭が気を使うだろうしな。


「おはようひな。今日は桜庭と一緒なのか?」


「うん。ひなが一本早い電車に乗ったらねー、たまたま駅で一緒になったんだよー」


「なるほどな」


 なぜか桜庭が、立ったまま固まっている。


「桜庭、どうした?」


「なんで二人共、名前呼びなの?」


「え?」


 俺はひなと顔を見合わせると、ひなはニヤニヤ笑っている。

 こいつ楽しんでやがる。


「えーだってさー、私達もう友達じゃん。だから名前呼びでいいかなーって」

 ヘラヘラモードでひなは言うと、


「ずるい!」


 桜庭は大声をあげた。

 周りの生徒が一瞬こちらを見た。


「ずるい! ずるいよ! どうしてひなだけ? やっぱり巨乳だから? 大山くん、やっぱりおっぱい星人なの?」


「お、落ち着け桜庭」


 またバグった。

 自分だって十分巨乳だろ、というツッコミを直前で回避する。


「私だって! 私だって……名前で……呼んでほしい……」


 桜庭の声はどんどん小さくなる。

 急に下を向いてもじもじし始めた。

 なにこれ、可愛い。


 ひなが俺を見ながら、アゴでくいっと桜庭の方を指す。

 言ってやれってことか?


「ああ、じゃあ桜庭も名前呼びでいいか? ゆ、雪奈?」


 桜庭は瞬間湯沸かし器のように、顔が真っ赤になった。

 耳から蒸気が吹き出しているのが見えそうだ。


「う、うん。おはよう、こ、浩介……君?」


「がはッッ」


 ヤバい。

 雪姫の上目遣いからの名前呼び攻撃に、俺のHPは一瞬にしてゼロになった。

 破壊力がハンパない。


 すると突然ひなが、俺の足を思いっきり踏んづけた。


「いっってぇ! なにしやがる!」


「ふん! ひなのときと全然ちがうじゃない! それはそれでムカつく!」


 マジモードのひながプリプリ怒りながら、ツインテールを揺らしてずんずん前を歩いていく。

 まったく、何だってんだ?


「俺たちも行こうか。ゆ、雪奈?」


 雪奈は一瞬ひるんだ表情をしたあと、満面の笑みを浮かべながら、


「うん! 行こう、浩介君」


 と元気よく口にした。

 その笑顔はまわりの空気をキラキラと輝かせるような、魔法の笑顔だった。

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