No.26:「接待交際費だ」
「俺はそっちのキャラの方が、好感が持てると思うんだけどな」
俺は冷めたコーヒーを飲み干してそう言った。
「うーん、まあでもバイト先ではずっとヘラヘラモードでやってるからね。学校でもそっちの方が楽かも」
「バイトは何をしているんだ?」
「普通のカフェだよ。あーでもお客さんが来た時の挨拶がちょっと変わってるかも」
「挨拶? いらっしゃいませ、じゃないのか?」
「ちがうよ。『おかえりなさい、お兄ちゃん!』」
「全然普通のカフェじゃねえ!」
お店の名前が『いもうとカフェ・きゅン』らしい。
なんだかなぁ……。
「お店はもうかってるみたい。人気メニューは『かわいい妹のお手製カレー』で、70円のレトルトカレー使って980円で出してる」
「お手製じゃねえし、利益率がエグいな。でも大丈夫なのか? なんていうか……親御さん心配なんじゃないのか?」
そういえば山野のところは、シングルマザーだったっけ。
「全然。だってお店のオーナー、お母さんだから」
「まさかの家族経営!」
お店が慢性的な人手不足なので、山野の社会勉強も兼ねてアルバイトさせているらしい。
教育上、それでいいのか?
「楽しいよ。変なお客さんはあんまりいないし、スタッフはみんな年が近いから話も合うし。それに時々お客さんと一緒に食事とか連れてってくれて、お店のお金でごちそうしてくれるんだ。なんだっけ、援助交際費? 違った、セック〇交際費だっけ?」
「接待交際費だ」
なんだそのいかがわしい勘定科目は。
税務署からクレームが来るぞ。
「でも、そのなんだ……性的な目で見てくる客だっているだろ?」
「あー、もうほぼ全員そうだね。だから胸をジロジロ見られるくらいなら、もう慣れたよ。男の人ってそんなもんだって、思うようになっちゃったし」
「JKのセリフとは思えんな」
「でもなんでこんなもんがいいんだろうね……だって中身はほぼ100%脂肪の塊だよ」
山野は自分の胸を下から持ち上げながらため息をつく。
思春期少年男子の夢を壊すんじゃない。
「それにいいことなんて、全然ないよ。だいたい70のHカップとか売ってないから、全部特注。デザインだって全然かわいくないんだ」
山野のグチは続く。
「重いから猫背になりやすいし肩は凝るし。体育でバスケとかバレーとかやると、たまに後ろのホックが壊れることだってあるんだから。学校でブラのスペアを常に持ってきてるのって、ひなぐらいだよ」
マジモードの山野はグチが多かった。
いかん、話題をかえよう。
「山野は進学するのか?」
「えっ? わかんないよ、頭悪いし。でもできれば大学に行きたいと思ってる。お母さんが高卒で昔苦労したらしくて、それでひなにはちゃんとした教育を受けさせたいみたい。だから聖クラークに受かったとき、お母さん本当に喜んだんだ」
「兄弟姉妹って、いたんだっけか?」
「お姉ちゃんがいるよ。奨学金取って専門学校出て、いま看護師してる。だからひなの分の学費くらいはなんとかなるから、4大に行ったほうがいいよって言ってくれてる」
「そうか。じゃあ勉強しないとだな」
「そうなんだけどね」
「また勉強会でもするか?」
「……また予想問題、作ってくれる?」
「仕方ねーな」
「頼りにしてる。あ、それから私のことはひなでいいからね。ひなもコースケって呼ぶから。いいでしょ?」
「……女子に名前呼びは、ハードルが高いんだが」
「慣れなきゃ! それじゃあ雪奈のこと、それに勉強会のこと、よろしくね、コースケ!」
「ああ、ひな。善処する」
そう言うと、ひなは今までで一番魅力的で自然な笑顔を俺に向けた。
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