No.25:「お前本当にいいやつだな」
「雪奈に告白して玉砕する男子が増えるほど、『あの子調子に乗ってる』『ちょっと可愛いからって』『どうして〇〇君を振るの? ありえないんだけど』って言い始める女子が増えていったんだ。それって雪奈が悪いわけじゃないのにね」
本当にその通りだ。
桜庭には何の責任もない。
ただの逆恨みだ。
「最初は陰口を叩くぐらいで大したことはなかったんだけど、最近嫌がらせをされることもあったりしてね。変な手紙を靴箱に入れられたりとか」
「変な手紙?」
「そう。『調子に乗ってんじゃねえよ』とか、それだけ書かれた手紙とか」
「なるほどな……」
それはそれで、恐怖だろう。
「でもなんだかそれも最近少しずつエスカレートしてるような感じがしてね。でも雪奈は自分から言わないんだよ。自分で何とかするから心配しないでって」
桜庭が言いそうなことだ。
「ひなも同じクラスじゃないし。それにひなだけだと、できることに限界があるし」
それはそうだろう。
悪質ないやがらせとかだったら、女子一人では対処できないこともあるのは想像に難くない。
「大山君、だからお願い」
山野は俺の目をまっすぐ見て言った。
「そのときは、雪奈に力を貸してあげてほしい。助けてあげて」
お願い、と山野は小さく頭を下げた。
俺は即座に頭の中に浮かんだ言葉を、そのまま吐き出した。
「山野、お前本当にいいやつだな」
「えっ?」
思っていたのと違う答えが返ってきたらしく、意外そうに山野は顔を上げた。
「からかわれている友達を慰めることはできるだろう。でもそのままスルーして、うやむやにすることだってできたはずだ」
俺は続ける。
「でも山野はそうしなかった。桜庭をからかった相手を正面から糾弾するなんていうのは、なかなかできることじゃない。下手をすると今度は自分がターゲットになりかねないからな。桜庭のことを本当に大切に思っていないとできないことだ」
山野の瞳が揺らぐ。
「桜庭が変わりたいって言ったとき、山野も随分アドバイスをしたんじゃないのか? 服装とか髪型とかメイクとか。センスという意味では、そのときは山野の方が上だったと思うからな」
「そんなこと……」
山野は沈黙した。
肯定と捉える。
「山野は高校受験の時、桜庭に随分勉強を教えてもらったんじゃないか?」
「なんでわかるの?」
山野は驚いたように目を見張る。
「中三の後半ぐらいから、雪奈にはもうほとんど毎日のように勉強を見てもらってた。図書館だったりお互いの家だったり。ひなが聖クラークに入れたのは、本当に雪奈のおかげなんだ」
「なるほどな。山野はどうしても桜庭と同じ高校へ行きたかった。そして桜庭も同じ。だから桜庭も一生懸命、時間を惜しまず山野に勉強を教えていたんだろう」
その様子が目に浮かぶ。
「話を戻すぞ。山野、俺は少なくとも桜庭も山野も竜泉寺も友達だと思っている。今まで異性の友達なんてできたことがなかったから、ちょっととまどっているけどな」
喉が渇いた。コーヒーを一口流し込む。
「俺はものすごく自分勝手なんだ。自分が何か行動を起こすときの判断基準は他人じゃなく、自分がどう思うか、ということなんだよ」
俺はさらに続ける。
「だから『困っている友達を見ている俺』というのを想像すると、多分とてもじゃないが我慢できないと思う。だから桜庭が、いや山野だってそうだ。もし友達が困っているんだったら」
まっすぐ山野を見据えて言った。
「俺はいつだって力になるぞ。それは桜庭や山野のためじゃない。自分のためだ」
山野は目を潤ませ少しだけ口元をゆがませたが、そのままそっぽを向いてしまった。
「はぁーーーー、こういうところかぁ。雪奈から聞いてたけど、これで無自覚なんでしょ? これで頭が良くて隠れイケメンな訳だから、そのまま野に放ったらあっちこっちで被害者が続出するわ。早いとこ雪奈とくっついてもらわないと……」
「何だって?」
小声でボソボソ言われても聞こえんぞ。
「なんでもない! ちょっと考え事」
「考え事?」
「そう。スーパー無自覚難聴系朴念仁スケコマシ高校生についてだよ」
「?? 日本語で言ってくれるか?」
「さっきから日本語で言ってるわよ! サヤ ビサ ブルバハサ ジュパン!」
「なぜインドネシア語?」
山野はキレ気味に叫ぶと、はーーっと大きくため息をついた。
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