No.20:「彼氏をつくろうとか思わないのか?」


 桜庭のぺしぺし攻撃はしばらくして収まった。

「スポドリ飲むか?」と聞くと「飲む」と言って起き上がってきた。

 顔色はうっすらと紅潮しているが、もうすっかり大丈夫そうだな。


 もう一本のペットボトルの蓋を開け、桜庭に渡してやる。

 二人で座ったまま、スポーツドリンクに口をつける。


「多分自覚ないんだろうなぁ……」


「何だって?」


「なんでもない!」


 桜庭が少し口を尖らせて、横を向く。

 もう少し大きい声で言って欲しい。


 他の客たちが俺たちの前を通り過ぎていく。

 若い男性客は、例外なく桜庭を見て通り過ぎる。

 大抵は二度見だ。

 真っ白で綺麗な足をさらけ出し、顔はアイドル並みに可愛いんだから無理もない。

 それに男性客だけではなくて、若い女性客もほぼ全員目を向けていく。


「桜庭は男からだけじゃなくって、女性からも注目されるのな」


「それ、大山君を見てるんだと思うよ」


「俺? いや、それはありえないだろ」


「それも無自覚なんだね……あのね、大山くんだって普通にか、かっこいいから」


「ありがとう。社交辞令はあまり好きじゃないが、受け取っておくよ」


「自分のことになると、素直じゃないんだから……」

 桜庭がごちる。


「桜庭は、彼氏をつくろうとか思わないのか?」


「えっ?」


 驚いたように顔をこちらに向けた。


「わ、わかんないよ」


「そうか? たくさん告白を受けた中に、いい奴とか普通にいただろう?」


「うーん、でも本当に私のことを知ってて言ってくれてるの、って思っちゃうかな。中には一度も話したこともない人がいたりして、好きだとか言われてもなんで?って」


「そういうもんなのか」


「うん。それにね、嫌なことも多いんだよ。特に他の女子からとか」


「嫉妬ってやつか?」


「そうだね……」


 桜庭はうつむく。

 何かを思い出したように、少し苦しそうな表情になった。

 女の嫉妬ほど怖いものはないらしいからな。


「大山くんはどうなの? その、す、好きな女の子とか、いたりするの?」


「ありえないな」


 俺は即答する。


「す、好きな男の子とか、いたりするの?」


「桜庭もそういう冗談が言えるんだな」


「頭もいいんだし、隠れファンとかがいるかもしれないよ」


「いや、俺の場合は……ほら、両親が離婚してるだろ? だから好きだのなんだのって言ったって、結局最後は離れてしまうんだったら、最初からしなければいいのにとか思っちまうんだよ」


「あーそういうこと……」


「まあもっとも、そんな単純な話でもないんだけどな」


「?」


「いや、すまん。忘れてくれ」


 桜庭はまだ何か言いたそうだったが、この話はここで終わりだ。


 ちょうどその時。


「いやーごめんごめん。ちょっと遅くなっちゃったかな?」


 イケメンが美女2人連れて帰ってきた。


「雪奈、気分よくなった?」

「あー、もしかしてお邪魔だったかなー?」

 山野が茶化す。


「そろそろお昼の時間だなと思ってさ。僕もお腹すいたし、みんなもどうかな?」

 慎吾が聞いてくる。


「桜庭、調子はどうだ? 良くなったか?」


「うん、もう大丈夫。私もお腹空いてきた」


 そう笑った桜庭を、竜泉寺と山野が手をひいて立たせる。

 全員でランチを食べにフードコートに移動することにした。


 入場券に付いていたランチクーポンは、いろんなランチセットの中から選ぶことができた。

 ハンバーガーやパスタ、ラーメンからカツ丼までいろいろあって、どれもドリンク付きだ。

 こういう場所だから普通に買うと結構な値段だから、竜泉寺には何かお礼をしないといけないな。


 俺と慎吾はカツ丼のセット、桜庭と竜泉寺はパスタ、山野はハンバーガーを選んだ。

 空腹のせいもあって、俺はあっという間に平らげた。

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