No.19:「この水着、大胆すぎるでしょ?」


「ごめんなさい……」


「大丈夫だ。気にしないでくれ」


 休憩エリアの人工芝の上。

 桜庭はパーカーを着てタオルを枕に横になって、隣にいる俺のことを見上げている。


 桜庭はあのジャイアント・スイングでポロリした後、「気持ちが悪い」と言ってしゃがみ込んでしまった。

 実際朝からあまり調子が良くなかったらしい。


 医務室に連れて行こうかと言ったが、

「そんなに大したことない。でもちょっと横になりたいかも……」

 というので、全員で休憩エリアで一休みすることにした。


 休憩エリアにはテーブルとベンチのあるスペースと、人工芝の上で休むスペースがあった。俺たちは全員で人工芝の上に座り込んで、桜庭には横になってもらった。


「ごめんね。私はここで横になってるから、みんな遊んできて」


 桜庭はそう言うが、もちろんそんなわけにはいかない。


「だったらさー、浩介が一緒に残ってあげなよ」


 というイケメンの一言で「慎吾、ナイスアイディア!」「うんうん、いいねー」と勝手に話が纏まり、ヤツら3人は勝手に遊びに行ってしまった。

 飲み物だけは買ってきてくれたが。


 そんなわけで今俺は桜庭と二人っきりだ。緊張する。


「みんなと一緒に行ってくれてよかったのに……」


「それだと30秒に一回、ナンパ男から声がかかることになるが、それでもいいか?」


「それは、いやかも……」

 桜庭の声が小さくなった。


「だろ? それに桜庭一人にしたら、俺たちだって落ち着いて遊べない。だからこれが最適解なんだよ」


「また大山君に、迷惑かけちゃったね」


「だから迷惑じゃないって。雪姫と二人っきりなんていうのは、役得なわけだしな」


「もう……その雪姫っていうの、やめてよぉ……」


 体調が悪いせいか、桜庭はちょっとネガティブモードのようだ。


「朝から体調が悪かったのか?」


「うん、なんだか昨日よく寝られなくって」


「遠足前日みたいな感じか?」


「そうじゃないよ。あのね……」

 桜庭は言い淀む。


「この水着」


「今着てる、それか?」


「そう」


「それがどうしたんだ?」


「これ、大胆すぎるでしょ? だから大山君に引かれたらどうしようって……」


「は? いや、引くことはないだろ。その……よく似合ってるし」


「ほんとに?」


「本当だ」


 はぁーー、と桜庭はため息をついた。


「この水着ね、昨日ひなと一緒に買いに行ったの」


「そうか」


「これ選んだのも、ひななんだよ」


「そうだったんだな」


 山野、もうちょっと面積の大きいやつを選んでやれよ。

 俺はスポーツドリンクのキャップを空け、一口飲み込んだ。


「私はちょっと大胆すぎるって言ったんだけど」


「ああ」


「ひなが、『大山君はおっぱい星人だから、絶対に喜ぶ』って」


「ぶふぉっっ」


 俺は盛大に噴き出した。


「な、何でだよ。俺は違うぞ」多分。


 ていうか山野、お前の中の俺のイメージってどうなってる?


「本当に?」


 桜庭は横目で疑わしそうに見上げる。


「断じて違う! その……ごく一般的な、普通の思春期少年男子だ」多分。


「それにさ、スライダーの最後で……その……ちょっと……はみ出ちゃったし」


「そうだったのか?」


 おとぼけモードは継続中だ。


「本当に見てない?」


「見てないって」


「そう、よかったぁ」


 桜庭は安心した様子だ。

 ていうかこの水着を着ることになったのって、俺のせいなの?


 安心して眠くなったのか、桜庭は目をゆっくりと閉じた。

 少しの間、ゆっくりと沈黙が流れた。

 その間に、さっきあのイケメンが言っていたセリフを思い出す。

 水着の感想を言えって言われてもなぁ……。


「桜庭、その水着なんだけど……」


 返事がない。

 寝てるのか?

 それなら好都合だ。

 まともに言うのも恥ずかしい。


「ものすごく似合ってる。む、胸もそうだけどウエストも細いし、スタイルが良くて本当にびっくりした。正直目のやり場に困る」


 桜庭の反応はない。


「でもその体型を維持したり、髪型とかセンスを磨いたりするのだって、大変なはずだ。日頃から努力をしているんだろうな。凛としていて、内面からの美しさを感じるよ」


 桜庭はまだ目を閉じたままだ。

 あれ、耳がすこし赤いような……気のせいか?


「水着だけじゃなくて、今朝駅前で私服を見たときも驚いた。芸能人かと思ったぞ。ピンクのワンピース、可愛かった。制服も可愛いけど、私服であんな感じで薄いメイクをすると、本当にアイドルみたいで、っておい?」


「もうーーーー!!」


 突然桜庭は顔を下に向けてタオルに押し付けたまま、くぐもった声で変な奇声をあげながら、俺の足をぺしぺし叩いてきた。

 起きてたのか?

 桜庭は自分の足を小さくぱたぱたさせて、「もう……もう……」とうめきながら、そのまま俺の足をぺしぺし叩いてくる。

 いや、地味に痛いんだが。

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