No.10:豪華なお弁当


 翌日の昼休み。


「あのー、これ……」


 机を寄せて、昨日と同じ5人が集まった。

 桜庭がおずおずと、俺にお弁当箱を差し出してきた。


「お父さんが前に使っていたお弁当箱だから、ちょっと大きいんだけど……」


「お、おう。悪いな」


 俺は受け取る。

 重量感のあるお弁当箱だ。

 みんな揃ったところで、俺はふたを開けた。


「おおっ……」


 思わず声が漏れてしまった。


 メインのおかずがハンバーグ、豚の生姜焼き、唐揚げという、男子高校生が大好きなトリプルコンボだ。

 ご飯の上には綺麗にふりかけがかけられている。

 その隣にはポテトサラダとプチトマト、デザートに一口バームクーヘンまで入っている。


 とんでもなく豪勢じゃないか。

 これ、作るのにものすごく時間がかかったはずだ。


「へー、雪奈、気合入ってんじゃん!」ツインテールがからかう。


「もう、ひな!」桜庭は口を尖らす。


「でもこれ、作るの本当に大変だったんじゃないか?」


「え? う、うん、種類が多かったから、昨日の夜にちょっと仕込みをしなきゃいけなかったんだけどね。でもそんなに大したことないよ」

 桜庭は少しはにかんだ。


 皆で手を合わせていただきます、と言った後、俺は割り箸でハンバーグを切って口に頬張る。


「う、うまい!」


 中の玉ねぎもしっかり炒められていて、冷めても美味しいように濃いめの味付けだ。

 やばい、ご飯がいくらでも食べられる。


 言うまでもなく、唐揚げも生姜焼きも絶品だった。

 全てのおかずとご飯をものすごい勢いでかき込んだ俺は、最後のバームクーヘンをお茶と一緒に食したあと、ふぅーっと大きく息を吐いた。


「ごちそうさまでした。美味かった。たぶん今までの人生の中で、一番豪勢で美味しい弁当だったよ」


「お粗末様でした」

 桜庭はニコニコと嬉しそうだ。


「いやいや本当に美味しかった。売店で売ってたら、一個2,000円でも即完売のレベルだと思う」


「わかってないなぁー」

 山野が呆れる。

「大山君のために作ったんだから、そのレベルのお弁当になったんだよ」


「ちょ、ちょっとひな!」桜庭はむくれた。


「えっと、それで……明日以降もまた作ろうか? なんて……」

 上目遣いの桜庭は、犯罪レベルで可愛い。


「いや、それは遠慮しておく。周りを見てみろ」


 そう、とにかくクラスの男子生徒全員からの視線が痛いのだ。


「雪姫の手作り弁当だと?」

「マジでか」

「俺に1万円で売ってくれ」

「小山ふざけるな」

「中山許すまじ!」大山だ。いい加減覚えろ。


「察してくれ。おれはこの男子全員からの視線で殺される自信がある」


 桜庭は分かりやすく、シュンとしおれてしまった。


「雪奈はモテるからねー。それはしょうがないかも」

 山野がツインテールを揺らす。


 そう言えば桜庭は、入学以来何十人もの告白を全て断っているって言ってたな。

 人気者は大変だ……俺は他人事のように思った。


 ………………………………………………………………


「大山君ってさー、なんで学校では前髪おろしてるの? 髪を上げた方がイケメンなのにさー」

 山野が聞いてくる。


「いや学校がある時は単に面倒くさいし、朝はあまり時間をかけたくないんだ。あれは休日の気分転換だな」


 朝学校に行く前、俺は前日のニューヨークマーケットの動きをチェックする。

 ニューヨークの結果を見て、朝9時からオープンとなる東京マーケットの動向を予測をする。

 その上で株式売買プログラムのパラメータを手直しをするケースが多い。


「大山君、お料理とかしないの?」

 桜庭が聞いてきた。


「ほとんどしないな。オヤジも夜遅いから、どうしてもインスタントやテイクアウトが多くなっちまう」


「体によくないよ」


「そうなんだけどな。でもまあ男二人だとそんなもんじゃないか。桜庭は……料理は得意そうだな」


「うーん、どうかな。うちも両親共稼ぎで、夜が遅いの。だから食事・洗濯・掃除は、私がすることが多いかも。ていうか私がやらないと、家の中がぐちゃぐちゃになっちゃうしね」


「兄弟姉妹はいるのか?」


「うん、中3の妹が一人。受験生だから、できるだけ家事は私がやるようにしてるんだ。お弁当も私が作ってる。そのかわり受験が終わったら、いっぱい手伝ってもらおうと思ってるんだけどね」


「そうなんだ。えらいな」


「浩介君は?」


「俺は一人っ子だよ」


「妹とか欲しかった?」


「どうだろうな」


「私はお兄ちゃんが欲しかったなー」


 そんなたわいもない話をしていた。

 さすが学校一人気の美少女だ。

 俺のような話題に困る相手でも如才ない。

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