No.09:「作らせてもらえないかな、お弁当」


「それと同じ学年なんだから、敬語はやめてくれ」


「はい」

 桜庭は答える。


「それ敬語な」


「え? あ、そっか。わかった。これからもよろしくね。大山……くん?」


「おう」


 美少女と知り合いになった。今までの俺では考えられない。


「3人は仲がいいのか?」


「うん、私とひなは中学の時からずっと一緒。今は葵とひなが同じクラスで、それで仲良くなった感じかな」


 桜庭一人だけ、違うクラスのようだ。


「大山君は、いつもパンなのかな?」


「ん? 大体そうだな。母親もいないからな」


「お母さん、いないんだー。ひなのところはパパがいないから、逆だね」

 山野が口を挟む。


「お母さん、亡くなられたん?」


「葵ちゃん」


 慎吾が竜泉寺を止めに入る。いや、大した話じゃない。


「母親は中2のときに、他に男作って出ていっちまったよ」


 一瞬空気が氷のように固まった。やっちまった。


「すまない。気にしないでくれ」


「あー、ひなのところもさ、パパが外に女つくって、ママに追い出されたの。よくある話だよねー」

 山野が空気を読んで話を拾う。

 こいつ案外、いい奴かも。


「と、ところで、そのパンは何サンドなのかな?」

 桜庭が強引に閑話休題。


「ん? これはベジマイト・サンドだ」


「げっ、あの中にウサギのフンみたいなのが入ってるやつ?」


「俺はこれから食べるんだが」

 ベジマイトは一応食べ物だ。

 イギリスとオセアニアの人達全員に謝れ。


「今日は売店に行くのが遅れてな。これしか残ってなかったんだ」


「ふーん。そいじゃあさぁ、明日から雪奈が大山くんにお弁当を作ってあげたら?」


「え?」

 不意を突かれた桜庭が顔を上げる。


「だってさー、雪奈は毎日自分と妹の分のお弁当を作ってるんでしょ?だったらもう一人くらい増えたって、そんなに変わらないじゃん?」

 山野はニタニタと笑いを浮かべながら言った。

 竜泉寺が「ひな、ナイスアシスト」とか呟いている。


「え? でも……」

 戸惑う桜庭。


「待ってくれ。俺は本当に大したことをしたつもりはないんだ。その上そんなことまでしてもらったら、バランスが取れなくなる」


「で、でも」

 桜庭が俺に目を向けた。


「でももし迷惑でなければ、作らせてもらえないかな、お弁当」


「いや、だから」


「お礼がしたいんです。それに簡単なものばかりだから、ひなの言う通り2人でも3人でも変わらないよ?」


 俺は彼女の弁当に目を向ける。

 卵焼きにソーセージ。

 パプリカとブロッコリーの炒め物。

 ナポリタンスパゲッティの一口サイズと彩りも鮮やかだ。


「とても簡単なものばかりとは思えないが……」


「浩介、とりあえず一度だけ、桜庭さんの好意に甘えたらどうだい?」

 イケメンが口を挟んできた。


 美少女の鳶色の瞳も、じっと俺の返事を待っている。

 俺はその視線に耐えられなかった。


「じゃあ……一度だけお願いしてもいいか?」


 桜庭は大きく目を見開いた後、満面の笑みを浮かべて「はいっ」っと大きく頷いた。

 本当に良かったのか……俺は少しだけ罪悪感を覚えた。

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