No.08:「一緒にお昼食べよー」


「5千5百円のプラス……ギリギリだな」


 昼休み。

 売店にパンを買いに行くのに出遅れた。

 ほぼ全部売り切れで、唯一残っていたのがこのベジマイト・サンド。

 なんでこんなもん学校の売店に置いてるの?

 罰ゲームか?


 片手スマホしながら、前場のトレード収支をチェックする。

 午前中はボックス圏内で上がったり下がったり。

 難しいマーケットだったようだ。


 ふらふらと教室に戻ってくると慎吾が話しかけてくる。


「浩介、一緒にお昼食べよー」


「ああ、いいぞ」


 基本的に俺はソロランチだ。

 以前はたまに慎吾と一緒に食べることもあった。

 しかし慎吾に彼女ができてからというもの、奴は彼女のクラスに行って一緒に食べているらしい。

 マジで自宅にヘリコプターでも墜落してほしい。


「ほーい。いいってさ」


「ん?」


 教室の入り口の方がなんだかざわついている。

 何とも言えないオーラをまといながら、3人の女子が入ってきた。

 先日のツインテールの山野ひな、ゆるふわ美人の竜泉寺葵、そして美少女の桜庭雪奈の3トップだ。


「お、おいっ」俺は小声で慎吾を睨む。


「ん? 浩介どーした?」慎吾はニヤついている。


「聞いてないぞ、彼女たちと一緒なんて」

 彼女たちに聞こえないように小声で囁く。


「えー? 一緒に食べよーって聞いたよ? 『誰と』とは言わなかったけど」


 こいつ……ハメやがったな。


「ち、違うんです。私たちが一緒に食べたいってお願いしたんです」


「私たち、じゃなくって雪奈が、なんだけどさー」


「ひな!」


 桜庭と山野が揉めている。


「この間のお礼も言えてませんし……一緒にお昼でも食べながらと思って、葵から牧瀬君に願いしたんですけど……迷惑でしたか?」


 桜庭はシュンとした表情で、上目遣いに聞いてくる。


 ずりーなー……美少女にそんな表情で頼まれて、断れるわけないだろう。


「浩介、いーよね?」慎吾がダメ押ししてくる。


「まあ昼飯ぐらいだったら」と言うしかない。


「ありがとうございます!」

 美少女の笑顔が眩しすぎる。10万カンデラぐらい。


「ウチは慎吾といつも一緒やから、そんなに変わらんけどね」


「でもごはんは、やっぱり大勢の方が楽しいよー」


 竜泉寺も山野も、それでいいらしい。


 ………………………………………………………………


 机をくっつけて、5人でランチとなった。


 学校で机をくっつけて複数人でランチ……俺は多分初体験だ。

 記憶にないぞ。


 俺の右側には慎吾が、左側に桜庭が座った。


 それにしても……こうなるだろうことは予想していたが、周りの目がとにかく痛い。

 特に男連中からの視線だ。


「おい、3トップがいるぞ」

「まじか」

「牧瀬の隣にいるやつ誰だ?」

「誰だっけ?」

「俺知ってるぞ。小山だ」大山だ。


 そりゃそうだろ。

 他のクラスの美少女3トップが、昼休みにいきなり入ってきたんだからな。


「改めまして、あの時は本当に有難うございました」

 桜庭が俺に丁寧に話しかけてくる。


「あ、いや、慎吾にも話したんだけど、あそこで素通りしたら、気になって俺の寝つきが悪くなるからな。だから俺のためにやっただけだ。気にしないでくれ」


「でもあの時本当に怖くて、足が動かなかったんです。あの路地裏の奥の方って、あんまり治安がよくないじゃないですか。そこに連れて行かれそうになって……」


 あの路地裏の奥の方……思い出してみると、確かにそうか。

 カラオケ屋が一軒あって、その奥は風俗とラブホが点在する。


 だからあの距離で交番があるというのは、なんとなく頷ける。

 ヤツらもよくあんなところでナンパしたもんだ。


「そうそう。そこにさー、白馬に乗った勇敢な男子が、手を引いて助け出してくれたわけでしょ?」

 山野がツインテールを揺らしながら続ける。


「もう次の週末大変だったんだよー。私たちも駆り出されてさー、同じ場所に行ったわけ。雪奈がどうしてもその人を探しだす、って言ってきかなくってさー。もう必死に「お願い! 一緒に王子様を探し「わーーわーーわーー」


 桜庭が突然バグった。


「と、とにかくちゃんと会ってお礼が言いたかったんです!」

 桜庭はむっとした表情で、山野を睨みつけた。その表情がまた愛らしい。


「でもほんま灯台下暗しやったわぁ。王子さまは同じ学校の同級生やったんやな」


「一応確認なんだが」

 竜泉寺の言葉に、俺は口を挟む。


「話の流れからすると、その王子様っていうのは俺のことか?」


「そーだよー。他に誰がいるの?」

 山野が呆れている。


「王子さまって……」

 呆れるのはこっちの方だ。

 ちなみに桜庭は顔を真っ赤にして俯いている。


「王子様が連れて帰るのは、立派なお城だろ? 俺が連れていったのは交番だ」


「それでも嬉しかったんです」

 桜庭はうつむきながら声を上げた。


「あの時たくさん人がいたのに、みんな見て見ぬふりをして通り過ぎるだけでした。でも大山さんは違いました」


「俺だって助けられる方法が思い浮かばなかったら、通り過ぎていたかもしれないぞ。買いかぶりすぎだ」


「でも結果としてさー、王子さまは雪姫を助け出したわけじゃない。それが全てだよー」

 ツインテールが口をはさむ。


「浩介ここはさ、素直に感謝を受け取るべきじゃないかな」


 俺はもう反論できる言葉が見つからなかった。

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