No.06:Boy Meets Girl Again


 俺も彼女の顔を見つめる。


 透き通るような白い肌。

 ぱっちりとした大きい二重瞼。

 長い睫毛に鳶色の瞳。

 すっとして綺麗な鼻筋。

 この子は……


 あの時の美少女だ!


 彼女は訝しげな目で、俺の顔をじっと見ている。

 気づいてない?

 そうか、あの時の俺は前髪を上げてセットしてたんだ。

 今は前髪を下ろして目を半分隠している。


 彼女はあの時突然手を握られて、あれだけキモい思いをしたんだ。

 ここで正体がばれてしまうと、色々と面倒くさいことが起こるに違いない。


 やはりここは、なんとかやり過ごさないと……


 彼女はじっと俺のことを凝視したままだ。


「えーっと……」


 俺はたじろぐ。

 彼女は無言で俺にスーッと近寄り、顔を近づける。

 いや近い!

 美少女の顔が近い!


 無言で俺は一歩下がる


 彼女が一歩詰める。


 俺はまた一歩下がり、彼女はさらに一歩詰める。


 俺はもう一歩下がったところで、廊下の壁を背にする。

 やべ、もう下がれない。


 彼女がまた一歩詰めて、左手を俺の肩の上で壁をとんっと押さえた。


 いわゆる壁ドンだ。


 いや、まさか壁ドンされる日が来ようとは。

 壁ドンする日も想像できなかったけど。


 同じ体勢のまま、美少女はまだ俺の顔をじっと見ている。

 そして……


「ちょっとごめんなさい!」


 と言ったが早いか、右手で俺の前髪をかき上げ、そのまま頭をがっちりとホールドした。


「見つけた……」

 彼女は呟いた。


 見つけられてしまったようだ。


 するとさすがに周りの連中が騒ぎ出した。

 じろじろとその様子を窺っている。


「何あれ?」

「雪姫が……」

「何のご褒美?」

「お仕置きかも……」

「是非俺にも……」

 いろんな声が聞こえる。


「っ、ご、ごめんなさい!」


 気配を察したんだろう。

 はっと我に返った美少女は、そう言って俺からパッと体を離し一歩下がった。

 その顔はトマトのように赤い。


「こ、このあいだ私のこと、助けてくれた人ですよね?」


「いや、人違いだ」


「人違いじゃないです! その声もその顔も、ちゃんと覚えてます!」


「サヤ ティダ マガルティ バハサ ジュパン」


「インドネシア人のフリしないで下さい!」


 なんでわかった?

 どうやら逃げ切れないらしい。


「あの時本当に怖くて!一歩も動けなかったんです!そしたら!手を引いて助けてくれて!それからずっとお礼が言いたくて!でもどこの誰だか分からなくて!次の週末、友達と一緒に同じ場所に行って!探したんだけど見つからなくて!どうしようどうしようってずっと考えてて!そしたら」


「お、おう。うん。わかったから、一旦落ち着こう」


 美少女がバグったSiriみたいになってる。

 とりあえずなだめようとすると、


「まあまあ、とにかく雪奈も落ち着いて。ほら、王子様も困ってるようだしさー……周りも見てごらんって」


 小柄なツインテールの女子生徒が一人やってきて、美少女をなだめ始めた。

 周りには15人ぐらい野次馬ができている。


「雪姫……」

「あの男、誰だ?」

「あんなヤツいたか?」

「ひなたんもいる……」

「葵さん、素敵だ……」

 とにかく目立ちすぎだ。


「そんなわけでねー、雪奈はずっとあなたの事を探してたんだよ。で、ようやく見つかって、ちょっとバグっちゃったってわけ。ウケるよねー」


 ニコニコ笑顔のツインテールが、俺の方へ寄ってきた。


「そんなわけでさー、とりあえず連絡先交換しようよ。スマホ出して」


 ツインテールが自分のスマホを出しきた。

 俺はその小柄な体躯を見て、違和感を感じる。

 身長は145センチといったところか。

 顔も童顔で、見た目は完全に小学生、いいとこ中学生だ。


 が、体のある一部分が異様に発達している。

 胸だ。

 俗に言うおっぱいだ。

 小柄で華奢な割に、胸が異常にでかい。

 明らかにおかしい。不自然すぎる。


「ちょっといいか?」

 俺は巨乳ツインテールに話しかける。


「ん? なにかな?」


「その胸に何が詰まってる?」


「んー、思春期少年男子の夢と希望かな?」


 どうやら本物らしかった。


「そんなことより、早くスマホ出して」


 俺はできれば教えたくない。

 後々面倒な気がしたからだ。


「いや、スマホは電磁波の影響が体によくないから持たない主義だ」


「さっきお尻のポケットに入ってるの見えたよ。早くスマホだして」


「死んだ父親の遺言で、JKとの連絡先交換は禁止されている」

 ちなみにオヤジは、今日も元気に出社している。


「スーーマーーホーー」


「あ、はい」


 逃してはくれなかった。


 巨乳ツインテールはLimeの緑色の画面からQRを出して、慣れた手つきで読み込んだ。


 その間、慎吾ともう一人のゆるふわ女子が、一言二言言葉を交わしていた。


「慎吾の友達だったん?」

「僕もびっくりだよー」とか聞こえたが。


「はい、終了ー」


 巨乳ツインテールから、俺のスマホは生還した。


「とりあえずもうすぐ次の授業だからさー。この続きはまた今度ということで。そんじゃあ王子様、またねー」


 巨乳ツインテールは手をひらひらと振りながら、美少女はまだ若干顔をピンク色に染めながらペコペコと頭を下げ、ゆるふわ美人はにっこり笑顔で立ち去っていった。


 俺はふぅとため息をつく。

 何だったんだ今のは?


「浩介、急がないと」


「げっ、ほんとだ!」


 時間がない。俺たちは小走りで、化学実験室へ急いだ。



 ところで……「王子様」って何?

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