No.05:「その声……」
「7万8千円のプラスか……」
昼休み。
俺はスマホで証券会社の口座情報を開き、午前の収益状況をチェックする。
東証マーケットは午後12時半からの後場がスタートしたばかりだ。
今日は朝から政府が発表した景気刺激対策に反応して、株式市場では買いが殺到。
トレンドフォロー型のプログラムがいくつも作動し、利益を確定してくれた。
「これから少しずつ売買金額と銘柄を増やしていくか……」
そんなことを考えていると、
「浩介、また株見てんの?」
「ん?あぁ」
慎吾が声をかけてきた。
慎吾は俺が株式トレードをやっていることを知っている。
具体的な金額とかは言ってないが。
「株ってさー、例えば夜寝てるときに大地震とかきたら株がガクンと下がって、大損したりしないの?」
「あー、それは基本的にないな」
「どうして?」
「俺の場合、たとえば買った株は当日中に売ることにしている。だからマーケットが終わる午後3時には、買いも売りも何も持っていないゼロポジションだからだ。これをデイトレードっていうんだけどな」
「そっかー、でも日中に大地震がきたら、そのとき株もさがるよね?」
「そうだな。その場合も一定の含み損がでたら損を確定して決済するように、プログラムは組んである。だから理論上大損はしない」
「ふーん、なんかうまくできてるなぁ」
もちろん話はこんな単純ではない。
実際取引時間中に東日本大震災クラスの地震が来たら、売り手が殺到するだろう。
そうなると予定した値段よりも安く売らないといけないので、損失がかなり膨らむことになる。
「浩介はFXっていうのはやらないの?よく『FX投資』って耳にするんだけど」
「あー俺はやらないな。FXの場合東京だけじゃなくって、ロンドン・ニューヨークとマーケットが24時間動くんだ。そうすると24時間気になって、勉強どころか睡眠まで影響が出るかもしれないからな」
もちろん時間を区切って、東京マーケット限定とすることもできる。
ただそれだと、なかなかコンスタントに利益を上げることは難しいようだ。
FXの場合、一般的にダイナミックな動きをするのがロンドンとニューヨークのマーケットだ。
なので大概のFXシステムトレーダーは24時間体制となる。
高校生の俺には手にあまる。
「そっかー。まあ儲かったら何かおごってよ」
「儲かったらな」
話をはぐらかしておく。
「次の授業は、っと……化学か。今日は実験室だな」
「そうだね。実験の準備もあるから、早めに行こうか」
次の授業の用意をして、俺たちは教室を出る。
廊下を歩いている時、慎吾はまた「美少女3トップ」の話をし始めた。
誰それの肌は透き通るように白いとか、身長はどうとか、胸は何カップとか……って何でそんなことまで知ってんだ?
「もう浩介だって男なんだから、そういうの興味あるだろー?」
慎吾はそう言って、肩で俺の肩をどんっ、と押した。その力が思いのほか強かった。
「いてっ! おまっ……」
俺は大きくバランスを崩して転びそうになる。
そこへ運悪く、前から女子生徒が歩いてきた。
勢い余った俺の右肩が、彼女の腕にヒット。
バサッと大きな音がした。
彼女は持っていた教科書類を全て落としてしまった。
「わ、悪りぃ!」
俺もつい大きな声が出てきてしまった。
クソー慎吾のヤロウ!
落とした教科書をゆっくり拾おうとしていた女子生徒は、俺の声にビクンと反応した。
「えっ?」と声をあげ、教科書を拾うのを止めて、顔を上げ俺のほうをじっと見上げた。
「その声……」
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