第2話



 翌朝――

 目を覚ますと、部屋の隅でうずくまっているロボットもどきが居た。

 寝ているのか起きているのかすら分からない。それとも考え事でもしているのだろうか?

 いずれにしろ飯の支度をすれば反応するだろ。

 カーテンを開けると、まぶしいくらいの日が差し込んでくる。今日は晴れのようだ。

 ゴールデンウイークが終わり、日増しに気温が上がっている、今日は暑くなるかもしれない。

 キッチンに向かいやかんに――いつもよりも多めに水を入れてコンロで湯を沸かしはじめ、その間に着替えと歯磨きを終える。

 お湯が沸いたのでカップ麺を二個用意して湯を注ぐと予想通りの反応をしたジンが近寄ってきた。


「これはこれは、朝から蕎麦が食えるとはありがたいのう」

「あぁ、俺もこれだけが楽しみで生きてるようなもんだからな」

 

 バランスのとれた食事とはいいがたいが、これでじゅうぶんだと知るとよけいに3分間が待ち遠しく感じた。

 野菜だとか、カルシウムだとか少なからず気にしていた自分がバカみたいである。

 食費を最低限で、やっていけるとなると少なからず生活に余裕が出来そうで嬉しい。

 約3分経ったところで、俺がカップ麺のふたを開けると、ジンもそれに習ってふたを開ける。

 実に器用なものである。あの大きな手袋みたいなので普通に俺と同じ事をやっているのだから。

 万能食だと実感したからだろうか? 一口食っただけで身体の隅々まで何かがいきわたっているような感覚がする。


「美味い!」


 思わず、口から本音が出てしまっていた。


「うむ。実に美味い!」


 相変わらず表情は全く分からないが、声を聞いただけでも喜んでくれてるのが良く分かる。


 ――そして、食事を終えた俺達は学校へ向かって歩き始めたのだった。





 徒歩30分ほどで見えてくる高い壁に囲まれた洋風の巨大建築物。南守学園である。

 生活費を切り詰めてでも無理して通っている理由は一つ。


 ――将来、就職するとき有利になると知っているからだ。


 ここに通う生徒は東西南北。4か所に設けられたゲートのどれかを通る必要があり。

 俺は、アパートから最も近い東ゲートを利用している。基本的には駅の改札と同じで生徒手帳兼カードキーとなっている物を指定されたプレートの上にかざすだけ。

 同時に顔認証もされているため本人以外が使ってもゲートを通過することはできないようになっている。

 にもかかわらず、ジンは胸から何か出すようなしぐさをするとその手には俺と同じ生徒手帳があり……無事にゲートを通過していた。

 ここに来るまでにも、普通に人とすれ違っていたりするし。学園が近くなれば嫌でも生徒の目に触れる。

 それでも、ジンは誰からも、その容姿を指摘されてはいない。

 もしかして、本当に俺の目だけがおかしいのだろうか?


「では、吾輩は、ちと用事を済ませてくるゆえ、後ほど会おう」

「お、おう。わかった」


 ジンは職員棟のある方へ向かって行ってしまった。

 ロボットもどきが目に入っているだろう生徒は、それなりに居るはずなのに誰も指摘する者はいない。





 教室に入り自分の席に座ると、ほどなくして数少ない友人の一人。春彦がやってきた。

 付き人のようにくっついているのは彼の愛人候補。横山美優と玉木愛結。濃い目の化粧をした二人の視線が今日も痛い。

 どちらかと言うと、嫌われているからである。


「やぁ、おはよう修二。今日も、相変わらずさえない顔してるじゃぁないか」

「まぁな。それだけ今日も平和ってことさ」

「では、そんなキミにホットなニュースを届けよう」


 あいかわらず、朝からうっとうしいくらい元気である。


「なにか、あったのか?」

「あぁ、なんでも今日からしばらくの間。このクラスに体験入学してくる者が居るそうなのさ」

「ふ~ん。どんなヤツだ?」

「なんでも宇宙人と書いて、そら ひとし、と読むらしいんだが実に面白いと思わないかい?」

「んぐ、ふぁ」


 おもわず変な声が出ちまった。

 俺の反応を見てよほど面白かったのだろう春彦は腹を抱えて笑う。

 よく手入れされた金色の髪がキラキラと輝いている。

 その後ろで、横山さんと玉木さんの視線がより一層きびしくなる。

 俺と春彦が仲良くしているのが気に入らないからだ。


「いや、実は、その体験入学してくるヤツって俺の遠い親戚らしいんだよ」

「あはは。そうだったのかい。でもその感じだとこのクラスに来ることまでは知らなかったみたいだね」

「あぁ……」


 正確には、体験入学なんて話も知らなかったけどな。


「ちなみに、どんな感じの人なのか教えてはくれないかい?」 

「ん~~~~」


 それは、むしろ俺が知りたい。

 なにせ俺には不出来なブリキのおもちゃにしか見えんからなぁ。


「とにかく、自分の目で見て確かめてくれとしか言いようがないな」

「なるほど、では楽しみにしておくとしよう」


 ――しばらくして朝のホームルームが始まり。担任の教師と一緒にジンが入ってきた。


 そして、教師にうながされる形でジンの自己紹介となった。

 ジンは、両手を高々と上げバンザイのポーズをとる。


「吾輩は、白鳥座の方からやって来た宇宙人であ~る」


 クラス中がどよめいた。

 失笑している人も居れば春彦みたいに爆笑している人も居る。

 いちおう教師がホワイトボードに書かれた宇宙人にふりがなをふって、そらひとし、が本名だからと説明をしているがすでに、うちゅうじん、として認識されてしまっていることだろう。

 実際のところジンが異星人って事は隠しておいた方が良いんだろうが、こんな感じでネタにされたら誰も本物の異星人だとは思うまい。

 ある意味、上手いやりかたなのかもしれないな。

 そして、ジンは空いている席。一番後方の真ん中に腰を下ろした。

 ちなみに俺の席は窓際から二列目の真ん中付近だったりする。


 ――朝のホームルームが終わると直ぐにジンが俺のもとにやって来て。それに釣られるように春彦達もやってきた。


「いやぁ、なかなかユニークな人じゃないか、修二の親戚」

「まぁな。ちなみに見た目はどう思う?」


 春彦がまじまじとジンを見ている。後ろにくっついてた横山さんと玉木さんも同じように見ている。


「まぁ、ちょっと個性的だとは思うけど、普通かな?」


 同意を求めるように春彦が後ろの二人に言う。


「ちょっと面長かなっては思うけど……そのくらいだよね?」

「うん。極端な言い方すればナスに近い感じだけど……」


 マジか! マジなのか!

 横山さんも玉木さんも嘘を言っているようには見えない。


「残念ながら、ナス座と言うのは聞いたことがないのでな。吾輩は白鳥座の方から来た事にしておる」

「ぷっ、はははっははははっ」


 よほど先ほどのネタがツボにはまったのだろう春彦はまたしても腹を抱えて笑っている。

 後ろの二人も、春彦ほどではないが笑っていた。

 どうやら本当にジンは地球人に化けているらしい。


「本宮く~ん! 生徒会長さんが来てるよ~!」

「へ……?」


 ドアの近くに居る安藤さんが俺の事を見て呼んでいる。

 いったい俺になんの用が?


「うむ。迎えが来たようだな、行くぞ修二よ」


 そう言ってジンは生徒会長の方に向かって行く。


「いったい、何をしたんだい修二?」


 春彦の言いたいことはもっともだが、むしろ俺が知りたい。


「分からんが、とにかく行ってくるわ」


 ややジンの背中を追いかける形で――途中に居る安藤さんにありがとうと声をかけ廊下に出る。

 才色兼備整ったお嬢様が本当にいた。腰まであるつややかな黒髪と、整った顔立ち。

 いくら生徒数が多くても彼女ほどの存在となれば一度見ただけで覚えるにはじゅうぶんだった。


「えと、南守先輩ですよね?」

「はい。ご存知とは思いますが生徒会長を務めさせて頂いている南守飛鳥です。一限目は私の都合でお休みとさせて頂いておりますのでお付き合い願えますでしょうか?」


 授業をサボっても怒られないと言うのは嬉しくもあるが、やはり意味が分からない。


「ほれ、修二よ。呆けておらず返事をせんか」

「あ、あぁ。はい。俺なんかでよかったらどこへでもついていかせて頂きます!」


 緊張するなって言っても無理だろこれ。

 春彦も相当な金持ちだが、南守さんだって相当な金持ちだ。そしてなにより、お父さんがこの学園の学園長をしているのだから反抗的な態度なんて見せるわけにもいかない。


「では、付いてきてください」

「は、はいっ!」


 案内された場所は生徒会室の隣に在る部屋だった。

 授業等を受ける場所と違う建物内にあるため、ここまでくる道中もそれなりに距離があり。めったに拝めない生徒会長を見ては皆足を止めて見入っていた。

 部屋の中は資料が山積していて、どちらかと言うと倉庫みたいな感じだったがそれなりに使われている部屋なのだろう。埃っぽくもなければエアコンも付いている。南側にある窓のカーテンは閉めらていた。

 うながされるまま一番奥にある机に案内され、椅子に座るように言われる。目の前にはパソコンのモニターがあり、そこには女の子の画像が6枚表示されていて、その下には名前とかが書かれていた。

 全員少なからず肉付きがいいかなって感じがする。


「今、本宮さんがご覧になられている画像が現在分かっている行方不明者の情報になります」

「え……」

「察しが悪いのう、昨日話したであろうに。依頼主が南守飛鳥とうことなのだよ」

「マジですか⁉」

「なんでも本宮さんにも異星人を見分ける目があると伺っておりますので、期待させて頂いております。現在分かっている範囲で話しますとこの子達は全員南守学園の初等部に在籍していおり。いなくなったのはここ2,3日の事になります。全員学園を出たところまでは確認が取れているのですが家に帰ったという報告は今現在ありません」

「普通に考えたら、学園内に居るって事はありえないですよね?」

「えぇ、ですが……」


 南守先輩がジンの方を向く。


「吾輩は、この学園のどこかに隠されておると考えている」

「って、言うか。南守先輩はジンが異星人だって信じてるんですか⁉」

「本宮さん! 行方不明になった子達が無事に戻って来るなら宇宙さんが異星人だろうと地球人だろうと些末なことです! そして、それは犯人も同じです!」


 怒られてしまった。しかしこんな美人に怒られるなら悪くない。むしろもっと怒って欲しいくだいだ。


「分かりました。どこまでできるか分かりませんが探してみます」 

「どうか、宜しくお願い致します」


 南守先輩が俺に向かって深々と頭を下げる。サラサラの髪が流れた。髪の毛の香りだろうか? すっごく良い匂いがした。


「一応、確認したいんですけど。学園内は全て探し終わっているんですよね?」

「はい。私の知り得た情報の限りではありますが……」

「忘れ物を取りに戻ってきて行方不明になったとかって事でもないんですよね?」

「はい。それも確認しております」

「しかし、正規の方法でカードキーを入手した者が荷物として持ち込んだ場合は別となる」


 確かにジンの言う事も可能性の一つではある。


「南守先輩の方でも入出者の映像は確認しているんですよね?」

「はい。全員学園を出たところを確認しております」


 気になるところが、あるっちゃある。

 ジンの存在だ。

 これだけふざけた格好してるのに普通にゲートを通れたって事はカメラの映像もあてにはならないって証明してるようなものだ。 

 つまり、ジンが可能だと言うのなら可能性はあるって事になる。

 監視カメラが頼れないとなるとやはり、しらみつぶしに探すしかないような気がするが……


「ちなみに数日間この6人の子達を隠しておける部屋とかってあるんでしょうか?」

「私の思いつく範囲では探してもらったのですが……」

「カメラの映像だけじゃなくて、実際に足を運んで確認してもらっているんですよね?」

「はい、もちろん信頼できる者に探してもらっているので間違いはないかと……」


 きっと藁にもすがる思いってやつなんだろうな。さっき怒って見せてくれた時とはえらい違いである。声のトーンが段々下がっている。

 ジンが権力者が絡んでいる可能性があると言っていた以上――裏切り者が居れば南守先輩の言っていた事に穴が開くことになる。

 信頼してる者が裏切り者だなんて言われたら、そりゃ不機嫌にもなるだろう。


「ちなみに、南守先輩が可能性があると思った所のリストってありますか?」

「え、えぇ。少々お待ちください」


 やや驚いた感じではあるが、南守先輩はパソコンを操作してプリントアウトしてくれた。

 そこには、現在使われていない教室から非常用のシェルターまでが書かれていた。

 それなりの件数である。


「じゃぁ、放課後になったらジンと一緒にココに書かれた所中心に探して見ますんで、それでいいでしょうか?」

「分かりました……」


 かなり落ち込んでいるように見える。

 そりゃ、そうだろうなぁ。あんたの部下じゃ信用できねぇって言ってるのと同じだもんな。 


「ジン、ちなみになんだが」

「うむ。なにか問題があったかのう」

「誘拐犯が武器とか持ってても対処できるんだよな?」

「安心したまへ。吾輩が伊達や酔狂でこのような格好をしているわけでないところをお見せしようではないか」

「了解だ。ってところで、よろしいでしょうかね?」

「はい……」


 今にも消え入りそうな声で南守先輩は頷いてくれた。

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