マスクが結んだ関係

ありま氷炎


 2020年、あっという間の1年だった。

 花粉症もなくて、風邪もめったにひかない私がマスクをつけたのは、確か給食当番のときだけだったかもしれない。

 けど、今は毎日、マスクをつけて会社にいく。

 最初は物凄い違和感があったけど、今は逆に表情を隠せていいかもしれないと思う。

 面白いことがあると、思わず口元が緩む私。

 電車の中で小説を読んでいて、気がついたら変な目でみられていたこともある。


 でも今は、にやにや、にまーなど可笑しな笑みを浮かべていてもマスクで口元が隠せて物凄く便利だ。

 そりゃあ、息苦しいこともあるけど。


「田島さんの表情が見えなくて、全然面白くない」


 ソーシャルディスタンスで、私たち受付の人数も減った。テーブルを一個省いて座る長野くんが、つまらなそうに言うので驚いた。

 長野くんは同期で、かっこいい。マスクで口元が隠されているのに、そのイケメンぶりは衰えていない。そんな彼が机に肘を置いて、私も見るのだから、ちょっとどきどきした。離れているけどね。


「そ、そう?」

「マスク外してよ。田島さんの顔が見たい」

「駄目だよ。マスクは勤務中はずっとつけないといけないでしょう?」

「だったら、勤務外だったらいいの?」

「は?」


 長野くんの口元は白いマスクに隠されていたけど、笑っているのがわかった。眼じりが優しく垂れて、その視線が物凄く甘い。


「なんで、そんな」

「夕食を持ち帰りして、田島さんの家で食べたい」

「長野くん!」


 思わず大きな声を出したけど、カウンターにいるのは二人だけで、今日の社内勤務のもう一人の佐野さんは奥の部屋にいるから、誰にもとがめられることはなかった。

 お客さんも、コロナ禍で外出を控えているのか、カウンターに来る人は少ない。


「夕食、何にしようかな?田島さんは何を食べたい?」

「長野くん、だから、家は駄目だから」

「家じゃなかったらいいの?」

「は?え?」

「マスクを外せるところって限られるよねぇ。ホテルでもいい?」

「な、何言ってるの!」


 もう限界だと、立ち上がって怒鳴ると長野くんは笑いだした。


「冗談だよ。おもしろかった?」


 長野くんのことは嫌いだ。

 イケメンだからって、こういう冗談を言って許せると思うんだから。


「面白くない。これ一種のセクハラだよね?」

「え?そんなつもりじゃないのに」


 そういうと彼は慌てだして、私はざまあ見ろとおかしくなった。


「……やっと笑った。でもやっぱり田島さんの笑った顔がみたいなあ」

「また言ってる。黙らないと、セクハラで部長に訴えるからね」

「はいはい。もう言わないよ」


 長野くんは参ったとばかり手を上げて降参ポーズ。

 なんだか気持ちはすっきりしなかったけど、彼がそれ以上可笑しなことを言うことはなかった。



2021年 0時


「あけましておめでとう」


 年が明けると、長野くんが缶ビールを掲げて新年の挨拶をしてきた。


「お、おめでとうございます」

「何か他人行儀だね」


 長野くんは軽快に笑って、そのまま残ったビールを飲み干す。

 私と彼は二人で新年を迎えた。

 どうしてそんなことになっているからって?

 それは、……長野くんが私の彼氏になったからだ。


「去年は、田島さんを独り占めできたからいい年だった」

「なっ」

「コロナのおかげで二人で仕事をすることも増えたし、マスクのおかげで君の笑顔を他の人に見られなくてすむし、本当にいい年だった」

「長野くん、ちょっとおかしいよ」

「そう?今年も田島さんを独り占めしたいなあ」


 彼はビール缶をテーブルに置くと、ぎゅっと私を抱きしめる。

 今も信じられないんだけど、彼はどうやら私のことを好きらしい。


「ああ、このままずっと一緒にいたい。在宅勤務にならないかな」

「ちょっと長野くん!」

「いいでしょ?恋人同士なんだし。セクハラじゃないよ」

「わかってるけど」


 折れるのはいつも私。

 こうして、私はいつも彼に流されている。

 だけど、心地いいのは確かだ。


 


 

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