第31話 8年目の殺意(3)任意同行

 消防署で望月家の火事を調べた調査官から話を聞いて、蘇芳は鳥肌が立つ思いがした。

 消防署では、まずは火事の原因は灯油をまいて火を付けた事によるものと見ていた。火元は書斎。焼け跡から見つかった焼死体は、望月夫妻。

 ここまでは、警察の見解と同じだ。

 だが、何で火を付けたのかがわからない。どこに灯油を入れていたのかがわからない。夫婦は覚悟の自殺だと言うが、逃げ出す事もしていないが、寄り添ってもいない、そんな位置で倒れていた。体に浴びるだけでなく、部屋中に灯油をまいていたのも丁寧すぎる。

 そんな疑問を持ったが、警察は早々に「心中」で片付けてしまった。

 警察と消防が違う見解を示す事はある。あるが、この違いは、あまりにも重要事項すぎると調査官は首を捻っていた。

 

 高山は、久保の前に立っていた。

「謹慎ですかぁ」

「そうだ。情報漏洩の疑いがある」

 高山は内心、

(まあ、萌葱君を被疑者に会わせてるのは確かになあ)

とのんびり考えた。

「情報漏洩と仰られても、どこに、どのような情報が漏れたのですか」

「え。それは、だな。ああ、そんな事はいいんだ!しらばっくれようとしてもムダだからな!」

 聞いている刑事部屋の連中も、高山の味方をするわけではなかったが、今回ばかりは、久保の言う事に首を傾げている。

「とにかく、謹慎だ!わかったら、手錠と手帳を出せ!」

 高山は大人しくそれらを出すと、悠々と部屋を出て行った。

「休暇がもらえたとはラッキーだな」

 高山はニヤリと唇の端を引き上げて、颯爽と署を出て行った。

「課長?情報漏洩というのは……?」

 恐る恐るという風に古参の刑事が訊きに行くが、

「仕事しろ、仕事!」

と久保に追い払われ、「触ってはいけない案件」と、皆に知れ渡ったのだった。


「はあ?謹慎処分?」

 望月法律事務所に現れた高山は、事務員の島津から胡散臭そうな目で見られるのもお構いなしにコーヒーを飲んだ。

「向こうはこちらの動きに気付いてるぞ。私を謹慎させれば調査できないと思ってるのかな。フン。自由に調べる時間をくれてありがたいだけなのにな」

「大丈夫なんですか?クビとかなりませんか?」

「その時は……ここで雇ってもらうか」

 蘇芳は苦笑した。

「それはともかく、やはり、ひき逃げと盗撮が原因ですね」

「ああ。そこを突いた途端にこれだからな。それに、警察の上層部に少なくともパイプがなければ、こうはいかない。ふざけた野郎だと思わんか」

「そんな警察官に安全を預ける気にはなれませんよね」

「必ず引きずり出してやる。

 じゃあ、出かけて来る」

 高山が出て行くと、途端に島津が元気になった。

「何なんですか、あの人。殺し屋か死神かと思いましたよ。怖かったあ」

「有能な人なんだけどね」

 言いながら、思う。

(そう。自分達は間違いなく正しい方向に進んでいる。だから敵は、謹慎なんて手段に出たんだ)

と。


 萌葱は、校門を出たところで、2人組の男に前を塞がれた。

(この前尾行してたやつだな)

 そう気付いたが、相手が誰なのかはわからない。

「な、何なんだよ」

 今川が腰の引けた様子でそう訊くのを無視しながら、彼らは警察バッジを見せた。

「望月萌葱君ですね」

(警察官だったのか)

 驚きはあまりなかった。

「ちょっとご同行願います」

 周囲がこのやりとりにざわめく。下校時刻真っただ中で、生徒はごろごろといた。

「な、何でですか!」

 今川が明らかにビビりながら言うのに、彼らの片方が失笑しながら言った。

「お友達が心配なのはわかるけど、大人しくしていなさい」

「べ、別に!心配なんか、してないからな!」

 丸わかりのうそに、萌葱はなぜか暖かい気持ちになった。

「何の理由でですか」

「任意ってやつですか」

 小鳥遊が憤然として言うのに、香川がそう付け加える。

 が、刑事はそんな高校生の言葉など、歯牙にもかけない。

「大人しくした方が得だよ。令状を持って来い、とか言うやつがいるけど、大ごとになるからね」

 それに萌葱は肩を竦めて言った。

「ここで声をかけられた時点で、大ごとですよ。明日になる前に、全校生徒に伝わるかも。

 行って来るよ。心配してくれてありがとう」

 それで彼らに挟まれて車に乗り込もうとした時、片方がポツンと言った。

「そうそう。高山刑事は謹慎になったから」

 反射的に動きが止まったが、そのまま乗り込む。

 そして車は署に向かい、後には生徒達が残された。




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