第32話 8年目の殺意(4)黒幕

 取調室は、何度も入った事がある。しかし今回は、聴取される側だ。

 それでも萌葱は、意外と落ち着いていた。むしろ、久保が出てくればいいのに、とさえ思っていた。

 部屋に萌葱を通した刑事達は、廊下で当惑気な視線を交わした。

「容疑とか聞かれてたらまずかったな」

「ああ。知らないんだからな。とにかく連れて来い、だなんてな」

「バレたら問題になるんじゃないですか?この子のお兄さん、弁護士ですよ」

「マジか!」

「久保課長、何考えてるんだろうなあ?」

 そして不安そうな目をしながら、久保に、知らせに行った。


 ほどなく、男が入って来た。やせ型のまだ若い男で、どこか神経質そうに見える。この年で課長なら、キャリアと呼ばれる人だろうかと萌葱はあたりを付けた。

「望月萌葱だな」

 言いながら対面の椅子に座る。

「はい。あなたは久保さんですか」

 その動きが一瞬止まり、目が正面から萌葱を見た。

「ああ……」

 うそはなかった。

「高山みちるを知っているな」

「みちる?高山さん、みちる?」

 イメージじゃない、という思いが顔に出たらしい。久保もクスッと笑った。

「あの顔でみちるちゃんってなあ。

 ああ、コホン。

 で、知っているな」

「はい」

「いつどこで知り合った。そして、どういう付き合いをして、何をしようとしている」

 萌葱は久保をじっと見た。

「これは何か事件捜査の取り調べなんですか」

「そうだ」

「うそですね。脅しておけばいいと思ったんですか」

「違う、何を言ってるんだ」

「じゃあ、脅せと命令されたんですか」

「ば、バカな事を言うな!そんなわけないだろう!」

「それもうそですね」

 久保は椅子から立ち上がり、机を両手で叩いた。

「そういう取り調べ、違法ですよ」

「ぐううう……!」

「あなたの上司は誰ですか」

「……」

「記録係もおらず久保さんひとりだ。職権乱用の違法な呼び出しですか。兄に相談しますよ」

「ち、違う!」

「またうそですね。

 脅せと命令したのは誰ですか」

 久保は、よろよろと2、3歩下がった。

(こいつは何だ?サトリか何かか?何者だ?)

 恐怖が沸き起こり、ここに萌葱をこういう手段で呼び出した事へのうしろめたさも手伝って、精神的に久保の方が優位だったのが、完全に反対になっていた。

 現場を大して経験していないキャリアだというのが、裏目に出たというところだ。

「部長ですか」

「ち、違う!」

「そうですか。部長が命令を」

「違う!あああ!」

 久保は頭を抱えた。

「ああ、そうなんですね。

 で、その部長が、盗撮を?」

「そんな事、柳沢部長がするか!」

「そうですか。したんですか。

 で、それを隠すためにひき逃げを?」

「し、知らん!俺は知らん!」

「うそですね。

 じゃあ、そのひき逃げを見られたと思って、僕の両親を心中に見せかけて殺したんですか。柳沢部長は」

「知らない!本当に知らない!ひき逃げとか心中とか!」

「これは本当か……」

「ここで大人しくしていろ!」

 久保は顔色を変えたまま、転がるようにして部屋を出て行った。

 そのまま小1時間ほど待たされた後、戻って来た久保は、平静を取り戻しているように見えた。

「今晩全て話すから、兄弟3人とだけ会いたい。誰にも秘密で」

 萌葱は久保をじっと見た。

「なぜ秘密に?」

「それも、話す。危険だからとだけ言っておこう」

 うその反応はない。

「11時に、望月山の山頂で」

「何でそんな所で……」

「万が一にも、知られるわけにはいかないからだ」

「……わかりました」

 久保はどこかほっとした表情を浮かべ、

「帰っていい」

と言った。


 深夜、萌葱達3人は、裏にある望月山に登っていた。

 山と言ってもたいした高さも無く、舗装された道路がひかれている。昔は望月家の山だったのだが、曽祖父が亡くなった時に市に寄付して、ハイキングコースとして市民に親しまれるようになっている。

 その山頂には展望台があり、萌葱達が着いた時には、久保が1人、そこに立っていた。

 近くには、久保が乗って来たと思しき車がとまっている。

「久保さん」

 蘇芳が声をかけ、3人で久保のそばまで近付いて行く。

 久保は、どこか落ち着きのない様子で、おどおどとしていた。

「全てを聞かせていただけるそうですね」

 蘇芳がいうと、久保は唇を舐めて、言う。

「その前に、スマホやレコーダーの類を全部出してください」

 それにややためらいを見せるようにしながらも、3人はスマホとレコーダーを出した。

 それが全て停止している事を確認し、久保は視線を車の方へやった。

「来たな」

 別の男の声がし、久保はほっとしたような表情を浮かべた。

「柳沢さんですね」

「……そうだ。全員動くな」

 車に隠れていた柳沢が、車から降りて、こちらにゆっくりと近付いていた。拳銃を構えて。

 それに、驚いたような顔をしたのは、久保だった。

「先輩?」

 柳沢は、静かに言葉を継いだ。

「簡単に騙されるとはな。所詮、子供か」

 萌葱は淡々と答える。

「久保さんが『言わされている』というのはわかりました。それでも、ここへ来ればあなたが来ると思ったので。

 真実を、聞かせていただけるんでしょう?」

 柳沢は軽く唇を歪めた。

「冥途の土産というわけか」

 月が雲に隠れた。


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