第23話 夢(7)恐るべき魔女

「あなたはうそをついている」

 それに、高山は軽く目を眇め、美希は涙を浮かべていた目を鋭くした。

「あら。わたしのどこがうそだと?」

 萌葱はじっと美希を観察しながら話す。

「あなたは母親が殺されたのを知っていた」

「知らないわ」

「父親がそれを遺棄した事も、別人が母親に成り代わった事も」

「全く知らなかったわ」

「暗示にかけられていたというのは本当ですか」

「そうよ」

 どれも嘘だった。

 美希は探るような目を萌葱に向け、観察している。

「ひどいわね。たった20歳の女の子なのに」

 これは嘘ではない。

「あなたは暗示にかけられてはいなかった。なのにこれまで沈黙してきて、突然夢を見たという形で、疑いを持つように仕向けて来た」

 美希は、先程までのか弱い女の子のふりをやめ、萌葱を正面から見つめて言った。

「ええ、まあね」

「空き巣が供述をして、警察が調べに来たから?」

「そうよ。それまでは怖かったのよ。でも、警察が調べるのならと思ったのよ」

 うそだ。

「理由は別にある」

「……」

「ほかの……そうか、成人だ。成人したから、もう両親が、保護者がいなくてもいいと思った」

「……そうだと言ったら信じるの?」

「真実ですね」

 美希は唇の端を吊り上げて、萌葱を覗き込むように顔を近づけた。

「あなた、私が嘘を付いたらわかるの?」

「あなたは両親と上手く行ってましたか」

「ねえ、どんな気分なの?」

「両親を大切だと思っていますか」

「ねえ、それって楽しいの?」

「あなたは自分が一番頭がいいと思っていますか」

 美希は憮然とした表情になってパイプ椅子にもたれ、それから改めて笑顔を浮かべた。

「いいえ?」

 萌葱は軽く嘆息する。

「おそらく、暗示をかけたのはあなただ。暗示をかけたと思い込めと。そして、成人するのを待って、罪が明らかになるように仕向けた。

 待てよ。遺体を別荘の地下に保管させておいたのも、計算の内か。

 もし空き巣が喋って警察が動かなくても、偶然発見するとかして、発見させるつもりだった」

「ふふふ」

「まさか、殺人事件そのものが、あなたの仕組んだ事だったとか?」

「まさか。そんな恐ろしい事、私にできるとでも?か弱い女の子をつかまえて、ひどいわ」

 うその気配に、眉をひそめた。

 それで高山もわかったようで、

「おいおいおい」

と溜め息をつく。

 が、美希が言った。

「そんなわけないでしょう。それに、そんな事、証明できるのかしら?証拠が無くても、私を逮捕するのかしら、刑事さん」

 高山は大きく息を吐いた。


 中間テストが終わり、輪島が

「次こそはお前を抜いてやる!」

と吠えるのを聞き流し、家に帰ると、高山から連絡があった。

 結局、殺人と死体遺棄をそそのかしたとは証明できず、実行犯の和希と笑美子が裁かれるだけになったと。そして、水谷家の資産を全て手に入れた美希は、海外に移住する事にしたらしい。

 週刊誌でも騒がれたので、鬱陶しいのは事実だろう。

「他人を誘導して上手く操る事ができる人か。怖いな」

 他人に人を殺させたり自殺させたりするのは、忌避感が強すぎて無理だと、第二次世界大戦中の実験でもわかっている。今回美希がしたのも、元から憎く思っているその背中を押すような事を言ったか、死体を前にどうしようと狼狽えている時に、そうと思い付くように誘導したとか、そういうものだろう。

 船の中で、首にネックレスを巻く事が嫌いだという話題を出しやすいように、わざとイヤリングを落として会話を誘導したように。

『ああ。犯罪者を製造して回らない事を祈るよ』

 高山が肩を竦める様子が、萌葱は見える気がした。

『ま、今回は助かった。次も頼む』

「高山さんも、お願いしますよ」

 それで電話を切り、萌葱は息をついた。

「はあ。魔女みたいな人だったな」

 そして、気持ちを切り替えるように、洗濯物を取り入れにベランダへ出た。






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